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第26話

ついに人家がなくなり、周りは田んぼ広がっている。 すると、ポツンと小さな看板が見えた。 『ポタージュはこちら』と指差しマークが見えた。 その指差しに従って、車は左に曲がる。 ログハウス風の木造の家があり、望さんが適当に車を停める。 「着いた」 望さんは車を降りて、助手席のドアを開けてくれた。 「ここに連れてきたかった」 ログハウスの窓からは暖かなオレンジの明かりが漏れている。 車を降りて、中には入ると、木製の机と椅子が並び、目の前にはバーカウンターがある。 「いらっしゃい」 ポニーテールにした女の人が挨拶をしてくれる。 「珍しいね。獅子尾くんが人を連れてくるなんて」 獅子尾くん。 気安い感じで呼ぶ女の人。 もしかして……彼女、とか? 「高村も連れてきたことあるだろ」 「高村くんだけでしょ?」 女の人はクスクス笑っている。 ふと見ると、女の人の後ろにはたくさんのお酒のボトルが置いてある。 「あの……ここってバー、ですか?」 「昼はレストランで、夜はレストランバーなの。1日3組限定だけど」 「1日3組限定……」 「今日は誰も予約入ってないから良かったものの……急に獅子尾くんが電話で、『今日行くから席空けとけ』なんて言い出すから、何事かと思った。いつもはそんな電話もせず、いきなり来るくせに」 親しい仲なのかな? 1日3組限定ってことは、絶対予約がいる。 でも、望さんはいつも電話せずにお店に来てるって……やっぱりそういう関係? ……って、どうしてこんなに気にしてるんだ? 「佳純、座らないのか?」 望さんはいつの間にかバーカウンターに座っている。 「あっ、失礼します」 とりあえず、せめぎ合う疑問を押し退けて、隣に大人しく座る。 「八重(やえ)、いつもの」 「はいはい。で、えっと……佳純くんだっけ?何食べる?」 「えっと……メニューって……」 ポニーテールの女性、八重さんに聞いてみる。 何もメニューが出てきてないから、何を頼めばいいのやら分からなかった。 「ちょっと、ここのこと何にも説明してないの?」 「……佳純、ここは頼めば大体のものを作ってくれる。だからメニューがない」 メニューのないレストランなんて、初めてだ。 食べたいもの……うーん……。 「望さんは、いつも何を食べてるですか?」 「俺は、サバの味噌煮定食」 サバの味噌煮定食……。 ログハウス風レストランなだけに、かなり意外な答えが出て来てビックリした。 「あ、じゃあそれで……」 「サバの味噌煮定食ね。洋一(よういち)、サバ味噌二人前~」 八重さんは奥の台所に入って、シェフだろうか……洋一さんという人に伝える。 「ここは、夫婦二人で営んでるレストランなんだ」 夫婦。 じゃあ、望さんの恋人じゃないんだ。 ……だから、何で安心してるんだ、僕は。 「八重さんとは、知り合いなんですか?」 「八重とは、大学の同級生だ。ここは静かだから、たまに食事をしに来るんだ」 「そうなんですか……。それで、何で急に僕を誘ってくれたんですか?」 急に7時に迎えに行くなんて言われたから、どうしたのかと思った。 「これを渡そうと思って」 黒い長細い箱を渡される。 そーっと開けてみると、紺色のボールペンが入っていた。 持ってみると程よい重量感があって、何だか高そうだ。 クリップの部分は銀色で、クローバーのマークが入っている。 「これ……僕に?」 「花屋でも使うだろ?ボールペン」 「使いますけど……どうして僕に?」 「初仕事で、緊張してるんじゃないかと思って……」 初めて二人でフラワリウム展に行った時、『クローバーはお守りなんだ』と教えてくれた。 それで、クローバーのボールペンか。 確かに初めてこんな大きなパーティーに花を届けるし、あの花園さんと上手くやっていけるか不安だった。 「これを肌身離さず持っていて欲しい」 望さんは僕を真剣な眼差しで見つめた。 心配、してくれたのかな。 「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」 「……っ、使ってくれ」 望さんは少し顔を赤くして、下を向いてしまった。 ちょっとだけ、照れてるのかな? ―――― 〈獅子尾目線〉 食事をとり終え、佳純はトイレに立った。 カウンターでは、八重がグラスを拭いている。 「私、指輪でも渡したのかと思った」 「……覗き見してたのか」 「見えたのよ」 「ただのボールペンだ」 こいつはすぐにそういう勘繰りをする。 いや、こいつだけじゃなくて……女はこういう色恋のことになると、すぐにそういう発想になる。 「ここに高村くん以外の人を連れてくるなんて、初めてじゃない?佳純くん、大切なんだ」 八重はいたずらっぽく笑いながら、ぐいっとウイスキーを飲んだ。 「ここに連れてきたかった。俺の秘密基地に」 「秘密基地ね。……密会場所の間違いじゃなくて?」 「バカ」 八重は大学の頃から変わらない。 俺がヤクザだと知っても、変わらず友人として接してくれる。 ありがたい場所だ。

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