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第4話

夏休みが開け、2学期が始まった。 急成長の中にある生徒たちは、長い休みの間に各々何かしらの変化を遂げているように見えた。 声が低くなった者もいれば、真っ黒に日焼けしたものもいる。が、とりわけ異彩を放っていたのは――。 「深海っ。おはよー」 級友に声をかけられて振り向いた真司は、夏休み前の彼とは確かにどこか違っていた。真司を見た誰もがそう感じた。 しかし、どこがどう変わったのかと問うと、恐らく誰も答えることはできまい。 「おはよう。久しぶり」 「ふっ深海…夏休みなんかあったのか?」 恐る恐る勇気のある級友がナゾの真相を探ろうとした。 「うん…いろいろあったよ」 「そっそうだよな、長い休みだもん、いろいろあるよな」 ―――級友、玉砕。 「3年3組深海真司、3年7組緋砂晃司、職員室まで来るように」 晃司は毎度のこととして、真司がこのような呼び出しを受けることは初めてだった。二人は揃って職員室へ行った。 「…谷口先生が昨日見たんだ。お前達が自転車に二人乗りで夜に繁華街を走っていたのを。どうなんだ?」 「ごめんなさ…」 「そーだよ、おれがムリに真司連れ出したんだよ」 真司の言葉を遮って、晃司が挑発的な言葉を返した。 「…やっぱりそうか。いいかげんにしろ、緋砂。おまえがどうなろうと知ったこっちゃないが、深海まで巻き込むな。深海はおまえのただ一人の友達だろう」 真司ははらはらして先生と晃司を交互に見やっているが、晃司は面白くなさそうに突っ立っている。 「…なんだ緋砂その態度は!だいたいおまえは今怒られてるんだ、人を見下すような態度はやめろ!…おまえってやつは本当、この学校のガンだよ」 気怠そうに顎を突き出し、その生活指導を見下していた晃司は、今度は思い切り顎を引いて生活指導を睨み上げた。 「へぇ…で、そのガンに勉強でも運動でもトップかっさらわれる気持ちって、どんなもんです?」 ぐうの音も出ないといった悔しそうな生活指導の目を尻目に、二人は職員室から出た。 「晃司、もう晃司!なんであんなこと言うのさ!昨日はおれが晃司に連れて行ってって頼んだのに…」 「おまえとおれじゃ、立場が違うんだよ。おれはもうトコトンおちてる。おまえはこの先いくらでもおちてけるから、おちねーよーにしたんだよ」 真司の母が近所のスーパーで買い物をしていた時のこと、真司の同級生の母と偶然出くわした。 「あら、深海くんのお母さん」 「あ、西くんのお母さん。こんにちは」 「今年は受験ですわねぇ」 「ホント、お互いイヤですね」 「…ところで奥さんとこの真司くん、あの緋砂って子と仲いいんでしょ?」 西という同級生の母親が、眉を顰め声のトーンを落とした。 「え、ええ…何か?」 「…あまり仲良くさせないほうがいいんじゃないかしら。ほら特に大事な時期だし、先生方の評価も…」 真司の母は帰宅して、真司の妹・美帆に訊いた。 「美帆、晃ちゃんて学校では悪いの?」 その問い自体が不思議であるかのように、当然のように美帆は答えた。 「うん。よその学校の子まで知ってるよ。ケンカっ早いし女グセ悪いし。でも私やお兄ちゃんには昔のままだよ」 「―――そう…」 「ただいまー」 玄関先で真司の声がした。 「真司、晃…司くんて、いつからそんな悪い子になったの?」 真司の顔がさっと青ざめた。 「…なんなんだよ、『晃司くん』て何だよ?!あんなにキャーキャー騒いでたくせに、お母さんだって結局は先生達と一緒なんだ――」 真司が倒れた。興奮のあまりの発作だった。 RRR…その時電話が鳴った。 「もしもし、深海真司くんのお宅ですか。こちら本間学習塾ですが、さいきんずっと真司くんお休みされてて、どうなさったのかと思いまして…」 「え、真司が塾に行ってない、んですか――?」 真司はちゃんと週に3回、駅前の学習塾に行くといって6:30に家を出て、10:30ごろ帰って来る。 塾に行っていないと言うなら、いったいその時間は誰と、何処で、何を――? 「…だから、もうあまりウチには来ないほうが…」 晃司の首に腕を絡ませてしなだれかかりながら真司は言う。 「わかってたさ、いつかこーなるって」 晃司は気にも留めない様子。 「ごめんね、ホント、ごめん…」 「真司のせいじゃねーよ」 晃司の顔は腫れ上がっていた。至る所に切り傷ができていた。 「そのケガだっておれの…」 また繁華街に遊びに出ていたとき、因縁をつけてきた高校生にやられたものだった。真司を盾に取られ、反撃を許されなかった。 「いんだよ、いつもはおれがおまえに迷惑ばっかかけてるから、たまには…」 「晃司!おれ迷惑だなんて思った事…」 「わかってるよ」 晃司が真司の頭を撫でる。すると真司が不意に顔を上げた。そして晴れやかに笑ってこう言ったのだ。 「おれ、晃司が死ねって言ったら死ねるよ」 あどけなく笑うその表情と言葉のギャップに、晃司は戸惑った。なおも真司は独り言のようにこう呟いた。 「晃司はおれのために死んでくれるかな…」   オカシイ。   何カ変ダ。   何処カガ狂ッテル。   言イ知レナイ恐怖ヲ感ジル。        アイツハ何カ思イツメテル。   オレハアイツヲ…恐レテル――? 「晃司。ああ、やっと会えたね」 言うが早いか真司は自分のシャツのボタンをはずし始めている。断っておくがここは放課後の教室である。 「真司、ちょっと待て。話があるんだ」 「話なんてしながらでもできるでしょ」 真司の手はすばやく器用に封印を解き、肌がどんどん露わになっていった。 「待てってば真司!じゃないと…キライになるぞ」 はっとして真司は手を止め、ボタンを掛け直した。 改めて、晃司は話を切り出した。 「最近の真司、何かヘンだと思うんだ。何か悩んでることでもあるのか?」 「別に…ただ、こわいんだ。晃司を失うのが…その日が来るのがこわいんだ。晃司も、おれが晃司を愛してるぐらいおれのこと愛してるのか…」 晃司はただ黙って聞いていた。 「片方の気持ちが重過ぎると相手は逃げ腰になるだろう?」 晃司はその時気づいた。最近の真司に対する漠然とした恐怖。 真司のことは好きだ。身体だって真司しか受け付けない――女じゃ勃たない。 でも。 頭ではまだ躊躇ってる。 ”このままじゃダメだ””いつまでもこのままでいられるわけがない” ”男しか受け付けない身体になって真司と別れたらどうなる?” ――今なら、まだ―― 「やめてくれ!」 真司の懸命の愛撫を晃司が強く拒否した。 「どうしたの晃司…おれ、良くなかった?」 (そんないやらしい言葉使うな真司…お前はもっと誰からも好かれる――) そこまで考えてまた晃司は気がついた。 真司には自分が、晃司自身がすべてなのだ。 ほかから好かれることなんて考えていない。真司は晃司以外のものを捨てた。 「晃司どうしたの、何か言ってよ…おれ何か気に触ること…」 黙ったままの晃司を見て不安になったのか、真司は涙を浮かべている。 「晃司!何か言ってよぉ晃司…」 「もう、こういうのやめよう」 驚くぐらい淡々と、晃司が言った。 「おれら異常なんだよ。こんなの変態のやることだ」 始めは何を言われているのかもわからなかった真司だが、徐々に晃司の言葉の意味がわかって涙をこぼした。 「ウソだろ晃司、そんな…」 「おれ本当はちょっと試してみたかっただけなんだよ、男とやるってどんなんか。おまえのことなんか別に愛してなんかいねーよ」   せめてこっぴどく振ってやろう、いい思い出なんてひとつも残らないように。 「ウソだ!!晃司はおれのこと愛してるよ!」 「自惚れんじゃねぇ。面白ぇから合わせてただけだ」   おれへの憎しみがこれからの生きる糧となるように。 「じゃあ…じゃあ今から好きになって」 「バーカ。やっぱり女じゃねーとダメだ。女はイイよなぁ。さてと、テキトーな女とやろーかな」   頼むからおれを、殺したいほど呪え。 「いやだ!!晃司、おれ以外の人としないでよ!おれもう晃司以外何もないんだ、捨てないで!家族も学校も友達も全部もうないんだよ!…晃司しか…」 「おまえなら…すぐいい彼女できるさ。じゃーな」   これでいいんだ、おれなんかがあいつからすべてを奪うなんて許されない。おれにそんなことをする資格はない。   涙が溢れて止まらないけれど、多分これで良かったんだろう。いや、よかったんだ。

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