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第5話
「えっ、なんですって…わかりました、すぐ行きます」
晃司は電話に出ている母の声を遠くで聞いていた。
あれ以来、晃司は何をするでもなく自室に閉じこもる日々が続いていた。
「晃司!今から真司くんの家に行くわよ」
母が青ざめた顔つきで部屋に入ってきて、こう言った。晃司は激しく抵抗したが、母は聞く耳を持たない。
「何ダダこねてるの、こんな時に!」
「こんな時…?」
その答えが返ってきて初めて、母の顔色の理由を知ることとなった。
――――真司が、自殺した。
「で、でも、おれは行かない方がいいんだってば!」
なおも抵抗する晃司の耳を引っ張って、母は真司が収容されている病院に足を踏み入れた。大きな総合病院で、比較的新しく設備の整ったイメージだ。
真司のいる病室の前まで行くと、真司の母がいた。心労のためか、ひどくやつれていた。
「意識はあるはずなんですが、あの通りで…」
真司の母は今にも泣き出しそうだ。病室の中を見やると、ベッドを起こして座っている真司がいた。晃司たちが来たのに気づくと一瞬こちらを見たが、その瞳には何も映っていないかのようだった。
「晃司…晃司と二人で話したい」
これが、真司が意識を取り戻してから発した最初の言葉になった。
真司の要望通り、晃司は病室に放り込まれ、母二人は席を外した。
「晃司…」
真司が呼びかけても、晃司には答える為の言葉を見つけられなかった。
「無様だよね、あてつけみたいになっちゃった…おれ、死ぬことも許されなかったんだ。ねぇ、聞いた?下半身不随だって。おれにぴったりの天罰だと思わない?」
真司は自嘲気味に笑った。
「何も言ってくれないんだね…ねぇ晃司、幼馴染に戻ることもできないの?」
「…そんなこと、お前がムリだろ」
「またいつか、会える?」
「生きてりゃな」
晃司が席を立った。真司の細い腕に、白い首筋に触れることができない悲しみから、一刻も早く逃げ出したかった。
一方真司は、去って行く晃司を追いかけることもできない自分に苛立ちを感じた。
真司が自殺を図った日から、半月が過ぎた。
「すっかり毒気抜かれちゃったよな、緋砂のヤツ」
「無理ないでしょ、幼馴染が自殺未遂なんて」
周囲の声など晃司の耳には入ってこなかった。ただでさえ孤立気味だった晃司は、一連の事件によりさらに自分の殻に閉じこもった。
チャンスとばかりに言い寄る女は多く、適当にいろんな女を横に連れて歩いてはみたが、もちろんそんなことで晃司の心が満たされるはずはなかった。
その中の一人、容姿はバツグンだが高飛車で有名な大石 彩という女が、晃司とは結構馬が合うようだった。
実際晃司は、彩が横にいたおかげで救われた面もあった気がしていた。
真司が5度目の自殺を図ったと聞いた時は、さすがに気がおかしくなりそうだったけれど。
「あの子は…あの子はもうだめなんでしょうか」
医師に縋るように訴えかける真司の母。当の真司は何も見えない、何も聞こえないといったふうだ。治りかけた、かつて自分でつけた傷を舐めている。
「いえ、身体のほうはリハビリ次第で歩けるようにはなります。ただ、今の彼には生きる意思がないようで…精神科のほうでも一度診たほうが良いかと。でも、こんなところにいても気が晴れないでしょうから、どうでしょう、車椅子ででも学校をのぞかせてあげたら…」
医師の言葉に、母は決意した。
翌日、母に車椅子を押された真司が、半月振りに登校した。が、あまりの豹変振りに、生徒達は声をかけるのも躊躇われた。
髪はだらしなく伸び、瞳は死んだ魚のように濁り、何も映さない。入院生活のため元より白かった肌は青白く、元より細かった肢体は摂食障害のためいっそう痩せこけていた。
「深海…?」
恐る恐る声をかける友の声にも、真司は無反応だった。
「お友達でしょ、挨拶したら?」
母の問いかけにも無視の真司が、不意に何かに反応した。
前方には、彩と並んでこちらへ向かって歩いてくる、晃司の姿があった。
「ぅ……ああああああ―――」
突然、けたたましい叫び声が響いた。真司は全身を振るわせ、口惜しそうに車椅子を叩きつける。
手にしていた生徒手帳を晃司に投げつける。手帳は見事晃司の頬を直撃、晃司の頬は少し切れ、血が滲んだ。
(そうだよな、怒ってるんだよな、真司…おれだけフツーに暮らしてて。…お前をそんなにしたヤツが――)
血が頬を伝うのも構わず、そんなことを晃司はぼんやり思っていた。
慌てた真司の母が車椅子を移動させた。
「真司、やっぱり今日は帰ろうか…」
「いいよ母さん」
会話らしい会話を交わしたのは、意識を取り戻してから初めてだったような気がする。
「おれ―――学校行くよ」
女ができたからおれを捨てたんだ。
生きてやる―――
一生負い目を感じさせてやる。
「深海、もう大丈夫なのか。心配したぞ。…それにしても寂しいだろ。今月いっぱいで緋砂が転校するんじゃあな」
担任の言葉に唖然とする真司。
「お…っと、うわさをすれば、だ」
鬱陶しそうな表情の担任の視線の先には、彩を連れた晃司。
「晃司!転校するって本当なの?!無視しないでよ晃司!!」
体中の力を振り絞って叫ぶ真司を、晃司は見ようともせず、通り過ぎた。
その後。
深海真司は卒業まで保健室登校を続け、翌春には皮肉なことに私立男子高に入学することとなる。
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