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第6話

 その日は真司の通う高校の入学式だった。 言うまでもなく、生徒は男ばかりである。 なぜわざわざ男子校に通うことになったかと言えば、別につまらない下心があったわけではなく、単に車椅子で登校するにあたっての設備が整っているかという、受入体制の面でこの学校を選んだのだ。 式が終り、保護者とは別になって生徒だけがクラス発表、のち各々のクラスで今後のことなどの説明を聞く。 いきなり真司に試練が与えられた。クラス発表は張り出しで行われているのだが、前に立つ人々に遮られ、車椅子に座った目線からは貼り出しの紙がまったく見えないのだ。 「名前、なんて言うの?」 突然背後から声をかけられたときは、自分に向かって発された言葉かどうかも怪しかった。 「見えないだろ?クラス、見てやるよ。名前は?」 「ふ、深海真司…」 「深海…あっ、7組だ。おれも7組なんだ。しかも出席番号並んでるんだぜ!おれ、速水樹。 仲良くしよーな!」 人懐っこすぎるほど人懐っこいその少年は、生まれてこのかた人を疑ったり、憎んだりを一切 経験がないような笑みを浮かべた。 樹はやはり、すぐにクラスの人気者になり、ムードメーカー的存在となった。 そんな樹が真司を特にいたわり、目をかけるので、自然とクラス中が真司にやさしく、過度にならない程度に世話を焼いた。 (いいクラスに恵まれた、いい友達にめぐり逢えた。いつまでも後ろ向いてちゃダメだな―――)  真司は、リハビリを決意した。  「そっかー、リハビリすんのか」 樹の目が輝いた。 「うん…いつまでもみんなに迷惑かけてるわけにも行かないし」 照れたように真司が言うと、周りのクラスメートたちが反論した。 「おれらはいいんだよ、これからだって別に…」 すかさず樹が口を挟む。 「当たり前!これからはリハビリの手伝いするんだよ」     頑張れる、みんながいるから。     頑張れる、―――樹がいるから。 確かにみんな良くしてくれる。…特に樹は。 でも、なんで?どうしてそこまでやさしくしてくれるの…? 昼食を済ませ、ぼんやり考えていた。樹を含む他のクラスメートたちは何やら盛り上がっているようだ。 「お前、ホモの気あるんじゃねーの?」 「お前こそ、それで男子校入ったなんて言うんじゃねーだろーな!」 みんなは面白おかしく口々にからかいあっていたが、樹がいつになくまじめに言った。 「…ホモなんて気持ち悪いじゃん。理解できねーよ」 普通はそうだろうな、と真司はあきらめに似たため息をついた。 「みっちどう思う?」 みっち、とは真司の愛称だ。ふかみっち→みっち、となった。  イキナリ話を振られて、しかも内容が内容だけに真司は動揺した。 「そう言えば真司って男に好かれそう!」 「おれは、樹…っ」 あたりがしんと静まり、真司の言葉を待っている。 「え、おれ?」 樹は少し驚いている。 「…と同じ意見…」 「だろぉ?!だいたい男のどこがいいのかねえ!女の良さを知らないんだよそーいうヤローは!」 ふざけた談笑が再開された。真司はこれ以上、話題に入る気がしなかった。 言えなかった。でも、これで良かった。友達でいることさえ許されなくなるよりは――。 「で、みっち、彼女は?」 人の気も知らず、屈託のない笑顔を向ける樹。 「いないよ」 「なんでー?みっちこんなかーいーのにな」 こわごわ真司は尋ねてみた。 「い、樹は…?」 「ふふふ…よくぞ聞いてくれました」 いたずらっぽく、邪悪に笑って見せる樹は、晃司とだぶった。  樹はよほど彼女の自慢をしたかったらしく、 頼んでもいないのに二人で撮った写真を取り出しては語っている。 それを見ていた一人が、ぽつりと言った。 「この子…みっちに似てない?」 真司が愕然としているのをよそに、樹は得意になって喋っている。 「だろ?おれも初めびっくりしたもん。双子かと思ったって」 だから…おれが彼女に似てるから、あんなにやさしかったの―――? 真司は無言のまま教室を出た。 それからと言うもの、真司は樹につらくあたった。 それは周りから見ても明らかだった。今までずっと一緒だった二人が行動を共にしなくなったのだから。 「小林、移動頼んでいい?」 最近では樹と一番仲のいい、小林に何でも頼むようになっていた。 「いいけど…樹と何かあったん?」 「…別に」 「こんなこと言いたくねーけどさ、樹ってみっちのこといっつも一番心配してて…」 「わかってるよ」 「…けっこう傷ついてるみたいよ」 小林も辛そうだった。  小林の言う通りだ。樹は何も悪くない。一人では何もできないくせに、 えらそうにつっぱっている自分は間違っているとは思うけど、今まで通り接することなんてできない。 彼女の代わりにされていたなんて…。

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