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第7話

 夏休みが開け、2学期。 樹は相変わらず会う人会う人との久々の挨拶に忙しそうだ。次第に樹を中心とした人の輪ができる。  そんなところへ、真司がやってきた。輪はどよめいた。真司は車椅子ではなく、松葉杖で登校してきたのだ。 「みっち?!」 「歩いてんじゃん!」 口々に話し掛けた。 「夏休みの間、頑張って…やっと、ここまで」 笑って見せる真司ではあったが、実はかなり疲れていた。練習ではここまでの距離を歩いたことはなかった。 「いけるか?顔色わりぃじゃん」 樹が心配そうに真司に寄った。 そして、 「頑張ったんだな」 夏休み前のことなど何もかも忘れてしまったかのように、樹が屈託なく笑いかけた。 ここで真司ははっきりと自覚した。  樹が好きだ。  その後も、始業式で立っているのが辛いと感じた時には、何も言わなくても樹は先生から椅子を借りてきてくれた。  式が終り、教室へと戻る途中、門のところに一人の女生徒が立っていた。 「…え?」 樹の顔が引きつっていた。その女生徒こそ、うわさの樹の彼女だった。  真司も驚いたが、彼女も真司の顔を見て驚いていた。 「ほら、コイツだよ。前に話したろ?お前にそっくりって言ってた…」 「話があるの。門で待ってるから」 そう言い残して彼女はその場を立ち去った。  真司は2学期開始早々いやなものを見た、と思った。本当にそっくりだった。せっかく忘れていた、身代わりの気分をまた思い知らされた。 「何なんだよ、男子校によく来れるな」 真司は思いきり嫌味たっぷりに言った。 「真司?」 キャラと似合わぬ発言にみんなはぎょっとした。特に樹。真司はなおも続けた。 「先生に言ったほうがいいんじゃない?部外者だよ」 「なんだよ、真司らしくねーよ」 少し戸惑う樹に、真司はさらに噛み付いた。 「おれらしい、ってどんなだよ。おれのことどれだけ知ってるんだよ」 「…ごめん。確かにおれみっちのことよく知らない。でもいつもと違うんだよ、いつものみっちと…」 「いつもいつもそんなにおれのこと見てるわけ」  真司は自分が最低なことを言っているのはわかっていた。しかし、この腹立たしさ、やりきれなさ、嫉妬や悲しみをどこにぶつけていいのかわからなかった。 「…なんかやけにつっかかるな」 少し笑って樹は真司を宥めた。 「教室戻るよ」 ぷい、と樹に背を向けて真司は歩き出した。 「手貸すよ」 「いらないよ。一人で…あっ」 真司はバランスを崩し、転んだ。心配そうに樹が駆け寄る。 「ほら、だから言わんこっちゃ…」  腹が立つ、のに一人じゃ何もできない。余計に腹が立つ。悔しい。 「おれに構わないで!そんなにやさしいのは足が不自由だから同情してるの?!」 「そんなんじゃない!…みっちは高校入って初めてできた友達だから…特に大事な友達だから。その友達がたまたま足が不自由だっただけだよ」 真司のそばへ樹が近づき、しゃがみこんで手を差し伸べた。 「教室、戻ろっか」  完敗。  深海真司は、速水樹と彼女の仲を祝福します。  翌日。 真司が登校すると樹の姿はまだなく、小林が飛んできた。 「な、な、真司、樹の彼女の友達紹介してもらって、3・3でコンパとかいいと思わない?」 小林の頭の中ではすでにかなりいろんなことができあがっているらしく、顔がウハウハだった。  確かに、と真司は考えた。ここで女の子と付き合えれば、この先こんなに辛く苦しい思いをしなくて済むかもしれない。  そんな話をしていたら、タイミングよく樹が登校してきた。 「おーい樹ー!」 嬉々として小林が呼ぶと、振り返った樹の顔は死んでいた。  「ふられた?!昨日の話ってソレだったんか…」 小林もさすがにテンションを下げた。が、それも一瞬のこと。 「せっかくお前の彼女に友達紹介してもらおうと思ってたのにー!!」 樹が何をしたというのだ。 「真司、お前妹とか姉ちゃんいない?」 「いるけど中2だよ」 「あっそうだ、樹、お前兄ちゃんいたよな、兄ちゃんの彼女の友達とか…」 調子付いて小林がそんな話を持ち出すと、樹の顔色が変わった。 「んなのいねーよ!第一兄貴は行方不明で…」 そこまで言って樹は我に返った。 「…ごめん」 「い、いいよ、こっちこそしつこくてゴメンな」 口ではそう言いつつも小林は、もちろん真司も、内心驚きを隠せなかった。 あの樹があんなに取り乱すなんて。  「訊いてもいい?…なんでふられたの」 「アナタといても楽しくない、って言われた」 小林と真司は唖然とした。 「な、ナニそれ…」 「向こうから告白してそれはないだろ?!」 「しょーがねーよな」  ヘラヘラ笑う樹を見ていると、むしょうに腹が立ってきた。せっかく祝福しようと思ったところなのに、幸せでいてくれないと困るじゃないか。 「何がしょーがないんだよ、樹といて楽しくないのは自分のせいじゃないか!自分から言い寄っておいて気に入らなかったら即切り捨て?こんなに樹に想われてるくせに」 今度は小林と樹が唖然とする番だった。 「みっち…何を熱くなってるんだ?」 「いいんだよ、そう言ってくれるのは嬉しいけど…。おれの努力が足りなかったんだよ。あいつが悪いんじゃないから」 「そーやってやさしいからなめられるんだよ樹は!こんなバカにされた振られ方、腹立たないの?!」 「んー、カッコ悪いな、確かに。でも―――おれまだあいつのこと好きなんだよなあ」  何を言っても空回りなのはこのためだった。これで樹が泣き言を漏らしたり、相手を滅茶苦茶に罵ってでもくれたなら、まだ救われたのに。  これでは真司の気持ちの行き場は、どこにもない。 晃司のことを少し想ってみた。こんな想いは受け容れられる方が稀なんだろうな、そう思うとやっぱり悲しかった。  「みっちー、先に席取っとくから、ゆっくり樹と来いよな」 小林は、昼休みの食堂席取り合戦に出兵して行った。 真司と樹が到着したころには、席はもちろん空いていなかったし、通路を歩くだけでも困難なほど混み合っていた。  小林の手柄でありついた席につき、3人は昼食を取り始めた。 「こんな時は食うに限るよなー」 樹は確かに、いつもの1.5倍ほどの食料を調達していた。そんな時。 「あぢっ!!」 後ろを通った人が持っていた天ぷらうどんの汁が、樹の背中にかかった。 「ごめん!!大丈夫?!」 「はい、何とか…」 体は大丈夫でも、かなりへこんでいるのは明らかだった。  「…ったく。悪いことって続くもんだよな」 ブツブツ言いながら水のみ場でシャツを洗う樹。当然上半身は裸だ。 「みっち…見とれてんの?」 真司のただならぬ視線を不審に思ったか、小林が訝しげに真司を覗きこむ。 「えっ?ま、まさか」 まさに図星、とはこのことである。真司は樹の背中を見ながら、晃司より筋肉がついてないとかあの腕に抱かれるとどんな感じなんだろうだとか、そんなやましいことばかり考えていた。  3人は午後からの授業をサボることに決定、屋上でシャツを乾かしながら昼寝でもすることになった。  小林は予定通り、さっさと眠りに落ちてしまったが、不運続きの樹はそんな気分でもなく、また真司も、とても寝られる心境ではなかった。  「彼女から告白されたとき、樹は彼女のこともう好きだったの?」 そんな一言を言ってしまったがために、真司はその後延々樹と彼女のなれそめ話を聞く羽目になった。 30分ほど話は続き、いいかげん真司も内心穏やかでなくなってきた。 「今もし、樹のことすごく真剣に想ってる子がいたとしても、やっぱりその彼女じゃなきゃダメなの?」 「んーそうだなぁ…って、いるの?」 「いないけど…でもわかる。おれも片想い…絶対実らない恋してる」 「え、ウソ、なんでムリなの」 樹は身を乗り出してきた。真司がこの手の話を普段一切しないからだろう。 「つきあってる人がいたんだよ。…もう別れたけど」 「じゃラッキーじゃん」 人の気も知らないで押せ押せムードの樹。 「でも、その人、忘れられないみたいだから…おれなんか到底入れない世界なんだ」 「でもよでもよ、そーいう時にやさしくされるとコロッといっちゃったりするじゃん」 「じゃあやさしくするね?…樹に」 樹が真顔になった。周りの空気が変わるのがわかった。 「―――からかうなよ、笑えねージョーダン。おれは真剣に落ち込んでんだよ!」 「ジョーダンじゃないよ!樹のバカっ!」  バカはおれだ。これでもう友達でいることも許されなくなってしまった―――

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