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第10話
翌朝、真司と静流は宅配の荷物を届けに来たチャイムで起こされた。
見ると真司宛てで、実家からだった。
開けると、真司の衣類、靴から好きだった本やCD、アルバムなどが詰まっていた。
これは家族が真司のことを認めてくれたのか、それとももう帰って来るなと言う意味なのかは真司もわからず、複雑な心境だった。
戸惑っているところを静流が覗きこみ、興味深そうに中のものを物色しはじめた。
やはり当然と言えば当然、静流が真っ先に目をつけたのは、真司のアルバムだ。
産まれたばかりのころからの真司の成長の記録が刻まれた、親の愛情が溢れんばかりのアルバムである。
つかまり立ちを始めたころの写真、野球をしている写真、入学式…
どの写真も、隣には晃司が写っている。
「この子が晃司って子だね」
独り言のように呟きながら、ページを繰る。
やがて静流は今度は中学校の卒業アルバムを手にした。そこには転校した晃司は写っていなかった。
「晃司って子、いないけど…」
真司はちょっとふてくされたように言った。
「もう晃司の話はやめてよ、静流さん…せっかく忘れてるんだから」
そして気分を変えて言った。
「さっ、今度は静流さんの見せてね」
そう言われると今度は静流が渋り出した。
「―――あまり見せたくないヤツが…」
「…紫苑さん、ですか?」
恐る恐るたずねると、静流は顔を真っ赤にした。
「あ、アイツが言ったのかっ?!」
真司は要から聞いた話を伝えた。
「要がそんなことをねぇ…」
ようやく落ち着きを取り戻したものの、照れくさそうな静流。
その表情は、要の話がすべて本当であることを物語っていた。
静流は樹に相当懐かれていたようだ。どの写真も樹がベッタリとくっついている。
しかし、やがて高校のころになると、隣に写る人が変わった。屈託のない、ひまわりのような笑顔のひと。
「この人・・・以前付き合ってた人ですか?」
静流は苦笑して言った。
「それ、紫苑だよ」
まったく信じられないことだった。あの根性の悪さが顔ににじみ出ている、三白眼の悪人面が、こんないい笑顔するなんて。
しかもどのショットも見ているほうが恥ずかしくなるような激甘な二人なのである。
真司は胸中穏やかでない。
「信じられないかもしれないけど…あの二人は周囲も認める仲だったんだ」
翌日。スタッフルームには真司とオーナー。
「それが突然、紫苑が一方的に別れようって言い出した。女ができたから、ってな。『男と付き合ってても未来はない』とか言ったらしい。また静流はあんなんだから、笑って祝福したらしいけど。まあそれから原因についていろいろウワサされたりもしたけど、二人ともだんまりよ」
真司の嫌な予感はますます膨らみ、真実味を帯びた。
紫苑さんは、静流さんを捨ててなんかいない――!!
「どうした、真司?顔色悪いぞ」
「だ、だってオーナー、紫苑さん…今でも静流さんのこと…」
そこまで言った時、オーナーが遮った。
「今それ言ってどうなる?一番困るのはお前だぞ」
それは、真司の予感を肯定するかのような言葉だった。
しかもその言い方では、静流までもが今でも紫苑のことを想っているような口ぶりではないか。
紫苑は女ができたと言う決定的な理由で静流を突き放した。しかしそれは静流が嫌いになってのことだろうか。
ふと、真司の脳裏にあの言葉が蘇った。
『お前のことなんか別に愛しちゃいねぇよ』
『やっぱ女はイイよなぁ』
まさか…?
「おっす、飼い犬」
噂をすれば、の紫苑ご出勤。さすがに昨日の今日なのでキチンと時間通りにやって来た。
「おはようございます、元飼い犬さん」
真司は紫苑にいじめられるのがもしかすると嫉妬のせいなのではないか、と思えて、やたらと腹が立った。
だが、そんなこと言ってただで済むはずがない。
「てめぇ…職場の先輩に向かってなぁ…」
「こらっ」
紫苑に両頬を抓り上げられて半泣きになっているところへ静流が登場。
「じゃ、おれ行くわ」
紫苑はおもちゃに飽きた子供のように、気が済んだらぷいっと去ってしまった。
店がオープンするや否や、紫苑の周りには客が群がる。
当の紫苑は、愛想を振り撒いているわけでも巧みな話術を駆使しているわけでもない。
ただそこにいるだけ、だ。
「みんななんであんなのがいいんだよ…」
まだじんじんする頬をさすりながら、真司は紫苑を横目で見ていた。
でも、あのアルバムの笑顔もあいつなんだよな…
「真司!早く受付入って!」
キライなら気にしなきゃいいんだ、自分にそう言い聞かせながら受付に急いだ。
閉店後。
「おい犬あがれ。しずはオーナーとミーティングだってよ」
よりによってなんでコイツが呼びに来るんだ、いちいちムカつく人だなあ。
そう思っていたのが顔に出ていたらしい。
「犬!そーんなに膨れんなって」
突然紫苑は真司の肩に腕を回した。そしてまた顔を近づけた。
「なぁ、おれともしてみろよ。しずよりうまいぜ」
「やめてください」
口ではそう言いながらも鼓動が早まる自分を恥じた。それを感じ取ったかのように紫苑は続けて、耳に口を寄せた。熱い息がかかる。まるで今にも耳を咥えこんでしまいそうな距離で、淫靡な言葉を囁き続ける。
「あいつヘタなんだよ。おれあいつにやられてイッたことねーもん」
言葉で犯されていた。やめて欲しいと思ってるのに、どこかでこれ以上の何かを期待している。欲望は「ヤメロ」と「モット」が交錯する。が、すんでのところで理性が勝った。
「やめて!!僕は静流さんに命を救われた…一緒にいるって約束したんだよ!」
必死の訴えを紫苑はつまらなそうに笑い飛ばした。
「約束?そんなもん何になる。命まで助けていただいたのに裏切るのが自分の中で許せない、そうだろ?しずに悪いから、しずに申し訳ないから、しずがかわいそーだから?!…カッコつけやがって。身体は欲しがってるくせに」
それだけ言うと、また紫苑は面白くなさそうにどこかへ行ってしまった。
恐かった。深く息を吸い込んで、心底そう思った。
オマエナンカヨリオレノホウガシズノコトヨクシッテル―――
あの鋭い目はそう言っていた。
久々に目覚めると一人だった。
静流は今日明日2日、オーナーと大阪の同業店の偵察に行った。
その2日間は真司は有給休暇。画廊しか営業しないので、要と輝だけ出勤らしい。
これといってすることもないので、また真司は静流のアルバムを引っ張り出していた。
不意に、インターホンが鳴った。
何の躊躇いもなく開けると、そこにいたのは…。
「お前、おれが来てよくドア開けるなぁ」
紫苑だ。静流がいないのを当然知っている。
勝手知ったる、とでも言うように、ズカズカ部屋に上がりこんだ。
真司がさっきまで見ていたアルバムに目を止めた。
「お、なつかしー」
しばらくはへらへら笑いながら見ていたが、一瞬見せた悲しげな表情を真司は見逃さなかった。
「紫苑…さん?」
呼ばれて我に返り、見られたと悟ったのか、照れ隠しに必要以上に荒々しく答えた。
「なんだよっ!」
「静流さんて、どんな人なんですか」
またも一層顔を赤らめ、さらにぶっきらぼうになる紫苑。
「そんなモン要や輝にききゃーいいだろーが」
真司、挫けない。
「付き合ってた人から見た静流さんはどんな人なんですか」
そう言われると紫苑は黙り込み、しばらく考えている様子だったが、やがて口を開いた。
「弱い男だよあいつは。強いふりして大人気取ってるけど、奴は…しずは本当はおれよりずっと弱くて一途で、熱い男だ。表には絶対出さねーけどな」
愕然とした。真司の知らない静流ばかりだ。
「そんなこと話すために来たんじゃねぇよ」
いきなり後ろから羽交い締めにされた。すっかり忘れていたが、真司は今ピンチなのだった。
「いろんな男とやってみりゃいーんだよ…な?」
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