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第11話

「やめて、紫苑さん…っ」 真司の必死の抵抗も、紫苑にかかれば焦らすための脚色にすぎない。 「いー声出すじゃん。そそるなぁ」 そう言いながら首筋に息がかかっただけで、真司は異常に感じてしまっていた。 「もっと何か言えよ真司。挑発してみろよ」 紫苑は言うが、真司には言葉を発する余裕さえなかったのである。すると真司の首から顔を離し、勝ち誇った瞳を真司に向けた。 「おれのこと欲しくなってんだろ?」 「い…いやだ!あんたなんか欲しくない!嫉妬だけでおれのことやろーとしてるくせに」 そう顔をそむけては見たが、すぐに後ろから紫苑に髪を引っ張られ、頬を張られた。 「昨日今日しずに拾われた犬ころがわかったような口きーてんじゃねえよ」 押し倒されても、まだ真司は紫苑にはむかった。 「静流さんのこと今でも好きなくせに。静流さんおれにとられて復讐してるんだ」 「クソ生意気な犬め、黙れ」 ついに紫苑の逆鱗に触れ、真司は本格的に犯され始めた。 「やめろ…」 脳からは『抵抗せよ』という命令が出されつづける。だから真司はその命令どおりの言葉を発する。 「卑怯者、人でなし…!!」 しかし、全く説得力が無い。  その言葉を発している張本人は、紫苑の膝の上に座らされ、彼の首にしっかりと両の腕を絡め、心地よさげにされるがままになっていた。 「お前…言ってることとやってること、矛盾してるけど…」 真司の体のあちこちに舌を這わせながらも、紫苑は面白そうに真司をからかった。 「ホントお前は捨てられてる子犬みてーにかわいいよ。…でもしずにはお前は似合わねぇ」 快楽に溺れながら紫苑の声を遠くに聞いていた。捨てられてる子犬…晃司はあの時、おれを捨てたんじゃなかったんだよね―――? そんなことを思うと、涙が溢れてきてしまった。 「紫苑さん…聞いて欲しいことが」  どういう展開か、真司は紫苑に晃司との事の顛末を話した。紫苑も犯す手を止めて聞き入っている。まんざら悪い奴でもないのかもしれない。 「…そりゃーおめぇ、その晃司ってヤツはお互いのためにそうしたに決まってんじゃんよ…ま、お前の一途さに逃げ腰になったってのもあるかもだけど」 紫苑は半ば呆れかえったように、当然だと言わんばかりに真司を責め立てた。 「それでおれ、自殺図ってこんな身体に…」 「情ねぇなー。それに…その晃司ってヤツ、辛かったろーな…」  最後の台詞を言った時の紫苑は、普段と違う彼だった。どうしようもなく切なそうで、苦しそうだった。 「おれ、晃司の気持ち痛ぇくらいわかるよ」  真司は気が狂いそうだった。初めてわかった、晃司の気持ち。 自分だけが傷ついて、自分一人が被害者のように思っていた。  晃司も真司と同様に、いや、もしかしたら真司以上に、傷ついて、苦しんでいたのだとしたら――。 「でも結局晃司の苦労は無意味だったんだな」 罪の意識に苛まれる真司の背後から、すっかりいつも通りになった紫苑が覆い被さってきた。 「…晃司に似た人ばかり好きになっちゃうんだ」 心の隙につけこむように、すっかりガードの弱くなった真司を、紫苑は好きなようにすることができた。 「おれを晃司と思ってやれよ」 俯けだった真司を仰向けにし、再び愛撫を始めた。 首筋を軽く通過されただけで、思わず声が漏れてしまう。 「あっ…」 顔を歪めて声を殺す真司を愉快そうに見ながら、それでも愛撫はやめずに言った。 「我慢すんなよ。いい声聞かせろよ、真司」 「紫苑さん…」 「ばかやろ、こんな時まで『さん』付けなくていんだよ」 紫苑の舌は、それ自体が別の生き物のように、自由自在に真司のあらゆる部分を這いまわった。  しかし、性格は本人に似ているのか、意地が悪く、核心に触れそうになれば離れて行く。 近付いて、期待させるだけさせておいて翻す。真司はこの交互に来る快感と苛立ちに、脳を掻き回された。 「しっ、紫苑っ」 耐え切れなくなって哀願する。そして紫苑はその要求を受け入れ、徐々に侵入して行った。 「晃司ともこうしてやったのか?」 真司を包み込むように固く抱きしめながら尋ねる。真司の顔には抵抗や躊躇の色などずっと前から微塵も無く、あるのは恍惚と満足だった。 「・・紫苑のほうがスゴイよ、ああ、早くイカせて紫苑、こんなの初めてだよ」 そう言っている間にも次第に息が荒くなっていく。 「…言うなぁ。一緒にいこうぜ、真司」 「――で、今更罪悪感?」  あれだけのことを(しかも好きこのんで)やっておいてから、真司はどっと落ち込んでいた。傍らの紫苑が煙草を吸いながら馬鹿馬鹿しそうに横目で見ている。 「出てってよ…顔見たくないんだから」 突っ伏したまま真司が涙声で訴える。 「…おれに惚れるのが怖いんだろ」  図星だった。頭ではこんなやつ大嫌いだ、野蛮で勝手で強引で。そう思っているのに、離れられなくなりそうな気がする。何しろ顔は晃司の流れを汲んでいる。有り得ないことではない。 紫苑が真司の上半身を抱き起こした。 「おれの犬になれよ真司…いでっ」 頬を触っていた紫苑の指を、真司が噛んだのだ。 「ほう…ついに犬になった、ってワケだな」 怒りを噛み殺しながら言うや、真司に殴りかかった。 「このクソガキ!」 「何すんのさ!」 真司も必死で抵抗を試みたが、あっという間に両手首を後ろ手に縛られてしまった。 「首輪よりマシだろ」 ざまぁ見ろ、と言わんばかりににやにやしながら紫苑は真司を眺めていた。 一方真司は口を固く結んで、じっと紫苑を睨み付けていた。 「絶対不利な状況でもそーいう目をする…好きだよ。犯り殺したくなるね」 『こいつになら殺されてみたい』そんな考えが一瞬脳裏を過った自分に、真司は怒りを覚えた。 RRRRR・… 「ああ、紫苑、早く…」 電話を取る気配は全く無く、留守番電話につながった。 『もしもし、真司?静流です。今ホテルに帰ってきました。お土産買って帰るので明日まで待っててね』 「ク…しずが泣くぜ。かわいい飼い犬が昔の彼氏に犯されてるなんてなぁ」  忌まわしい一夜が明けた。 真司は手首を縛られたまま、裸のままで床に転がっていた。身体には痣だらけだ。 「紫苑、腕ほどいて」 そばで、同じく裸で寝ている紫苑を起こし、紫苑が手首を解放しようとした時。 「真司?……なんで紫苑も…?」 静流が帰ってきたのだ。静流は全く状況が飲み込めていないと言った感じだった。 「よう。しず、お帰り」 動じる気配も無く、紫苑は真司を引き寄せてお気楽に挨拶した。 「紫苑…どういうつもり?」 「どうって?おれ真司のこと気に入っちゃってぇ、1回やったらますますよくってぇ」 離れようと必死にもがく真司を尚も引き寄せ、腕を絡ませる。そして言葉は続く。 「真司もすんげーよろこんじゃって。なぁ?」 そこで初めて静流の表情が変わった。 「――本当なの、真司」  真司は答えられない。静流の顔を見ることもできない。紫苑の腕にきつく抱かれたまま、ただ俯くことしかできなかった。 「答えないということは…勝手に判断していいんですね」 静流が紫苑と真司のほうへ歩き出した。 「真司…以前、僕の怒ったところが想像できないと言いましたね」 真司の前で足を止め、静流は聖母のような微笑を湛えてこう言った。 「今から、見せてあげます」

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