12 / 14
第12話
「その前に離れろ」
早口でそう言うが早いか、静流は真司の髪を掴み、紫苑から引き剥がした。
杖を持たない真司はその場に倒れこんだ。
「楽しかったでしょうね、真司。紫苑とのセックスは良かったでしょう…僕なんかより」
真司は静流に見下ろされ、恐怖に震えた。
「答えたらどうなんですか」
口調は丁寧なものの、起きあがれない真司を蹴りつける。
「最近の高校生は恩を仇で返すんですか」
静流の狂ったような暴行は続く。
「しず…そいつ、様子ヘンだぞ」
さっきから横でじっと見ていた紫苑が口を出す。我に返った静流が気づくと、真司はガタガタ震え、呼吸も乱れていた。
おれはとんでもないばか―――
せっかく苦労して手に入れた宝物を、自らの手で壊してしまいました。
「紫苑…なんだってこんなことしたんだ」
病院のロビー。真司は救急車で担ぎこまれた。紫苑は煙草に火をつけて、静流の方を見ずに言った。
「言っただろ、かわいーからつい」
「だっておまえは女に…」
「おれ両刀なん、知らんかった?」
「知らないよ!!…じゃあ僕たち別にあんな…」
一人取り乱す静流と対照的に、落ち着き払って紫苑が言った。
「そんなことより今は真司のことだろ」
静流もその通り、と言った様子で、大きく息を吐いた。
「そうだった…一方的に真司だけ責め立てて…体の不自由な子相手になんて卑劣なことを」
深く自分を責める静流の肩を紫苑が宥めるように軽く叩く。静流も応えるように紫苑に縋った。
「そんなに自分責めんな、しず…」
真司は大事にはいたらなかった。安らかな寝息を立てて眠っている。
「医者から聞いたんだけどよ、こいつ生まれつき心臓悪くて、感情高ぶったり興奮しすぎると発作起こすんだって」
紫苑が落ち込む静流に代わって、医者から容態を聞いてきた。
「真司?」
真司の目がゆっくりと開いた。そして真司は絶望する。また目がさめてしまった、どうして発作はあんなに苦しいのに死ねないのか、と。
静流が真司の手を取り、ベッドの脇に跪いた。
「許してください真司。あまりにも大人気無いことを…」
真司の要望で、紫苑は席を外した。
真司は、暴行を受けている時からずっと気になっていたことを尋ねた。
「静流さん…どうして紫苑さんのことは責めなかったんですか」
静流はばつが悪そうに顔をそむけた。
「い…今でも好きなんでしょ、紫苑さんのこと!」
思い余ってつい出てしまった言葉だったが、静流は冷静に答えた。
「真司。過去を胸にしまって生きることはいけないことなんでしょうか。それに…真司も同じでしょう?」
真司ははっと静流を見た。
「君は晃司くんから解放されていない…たぶん、この先もずっと」
ウソだ。おれは晃司に捨てられたんだ、未練なんか無い。晃司は女を作っておれを捨てた。今ごろかわいい彼女と何不自由無く幸せにやってるんだ、おれのためなんかじゃない、自分のために晃司はおれを捨てた。
―――そう思いたかった。
たたみかけるようにやさしく、静流が続ける。
「人間には心の奥では自由に人を愛する権利がある、他人に迷惑をかけない限りそれを心に秘め想い続けるのは自由でしょう」
真司は涙を流していた。こんなにも自分の中に晃司がまだ息づいているなんて。ふっきれたものと思っていた。でもそうじゃなかった。真司の感覚全ては今も晃司のために機能している。それを自覚してしまった。
「一緒に生きよう、真司。僕らならうまくいく」
辛い決意、だがお互いそれしか道は無かった。
翌日。静流はいつも通り出勤してきたが、ふっきれたことでどことなく明るく、颯爽とした感じが漂っていた。
「紫苑、おはよう」
当然紫苑は面白くない。
「幸せそーにデレデレすんじゃねぇよ」
捨て台詞を残し、ぷいと立ち去った。
周りの誰もが紫苑の不機嫌の理由に気づいていたが、静流本人ただ一人、わけがわからず憮然としていた。
「紫苑」
休憩中、スタッフルームで静流がついに声をかけた。
店を開けてからも紫苑の態度は相変わらずで、業務に支障をきたすほどの酷さだった。
「何なんだよあの態度…僕には怒ることがあったって紫苑が僕にそんなに怒る理由は無いだろ?!お客様やスタッフだって不審に思ってる」
「『僕は怒っててもじっとイイ子で我慢してるのに』ってか」
静流に背を向けたまま紫苑の悪態は続く。
「そう・・だよ、なんで真司にあんなこと…真司は僕がやっと見つけた」
「飼い犬だろ。お前は真司を助けてやってるつもりかもしれないがなぁ、お前は結局一人の寂しさを紛らすためのペットが欲しかったんだよ」
「…おまえに」
静流の肩がかすかに震えている。
「お前にそんなこと言われる筋合いは無いよ!…誰のせいで寂しい思いしてると思って…」
紫苑は尚も挑発するように言う。
「おいおい、人のせーにすんな」
そう言って立ちあがり、やっと静流の方に向き直って、言った。
「そんなに寂しいんなら、抱いちゃろか」
「な、なんだ?今の音?!」
「スタッフルームのほうじゃないですか」
店に出ていたオーナー、要、輝が何事かとスタッフルームに向かう。
ドアを開け、そこに彼らが見たものは、倒れた椅子、割れたガラスコップ、床に投げ出された雑誌、そして傷だらけになった静流と紫苑。
「お前らホストとしての自覚が足りないんじゃないのか?! 仕事に支障をきたすようなことするんじゃない!」
ここで働くということはつまり、顔はもちろん体も「売り物」である。
全身に傷を負った二人は、とても「売り物」の価値は無かった。
「おかえりなさーわっ!」
出迎えた真司が静流の顔を見て驚く。瞬時にいやな予感がした。
「僕のせいなの?」
「違いますよ」
言うなり二人は抱き合い、絡み合う。
ペットならペットで構わない。それで互いが有益なら、何も悪いことじゃない。
真司――僕のかわいいペット。ちゃんと愛してあげるからね―――。
「ねえ静流さん、僕いつから受付に復帰できるんですか」
静流はシャツのボタンを留めながら、少し口篭もって行った。
「…真司はやっぱり、ああいうところはむいてないと思うんです」
真司の表情が見る見る曇った。
「やっぱりこんな足じゃ使い物にならない?」
「そうじゃない、実際よくやってくれたよ、真司は。ただね…真司には、まっとうに生きて欲しいから」
自分の言っている台詞が偽善に塗れていることは静流自身わかっていた。
「ホストだってまっとうな仕事だよ」
尚も食い下がる真司。
「正直に言おう。あそこで働くということはつまり、体を売ってもいいってことなんだよ」
「僕構わないよ、あそこには仲間が沢山いて…僕もあのお店に置いて欲しいんだよ!」
「真司!軽々しくそういうことを言うんじゃない!…自分の好きな人が目の前で体を売ってるところなんて見たくない…もちろん、僕がしているのを見られたくないというのもあります」
真司はついに観念し、店を辞めることに渋々同意した。
「そうか。残念だけどしょうがないな」
オーナーも納得した。勤務時間より1時間早く来て、静流は真司の退職を申し出ていた。
「すみません、勝手ばかり」
オーナーは深々と頭を下げる静流を横目で見、ちょっとイヤな笑いを浮かべた。
「あのままじゃ真司、紫苑に寝取られるトコだったもんな―――いや、逆か」
静流の表情が一瞬強張った。
「ど、どーゆー意味ですかっ!!」
動揺する静流にため息をつきながら、オーナーは嘲るように言った。
「どうも何も、気づいてないのはお前らだけだろ」
オーナーは煙草の火を消し、話に本腰を入れ始めた。
「真司もおれに不安こぼしてたぞ。お前らもともと別れる理由なんて無かったんだからな」
「何を今更そんなこと…。それに僕は紫苑にこっ酷くふられた、司さんだってあの時知ってるでしょう?!」
オーナーは静流に顔を近づけて、ゆっくり、確かめるように話した。
「知ってるからわかるんだよ。あん時紫雲一生懸命2人やり直させようとしてたし。お前が初めて客取った時の紫苑の顔、見てられなかったぞ」
静流は黙り込んだ。わかっている。本当はこんなにもまだ紫苑を愛している。多分、誰にも負けない。でも、当の紫苑はそんな気さらさらない筈。だって一方的にふったんだから。「このままじゃ真司もつらいだけだぞ。きつい言い方かも知れないが、お前は真司のこと・・・」
「やめてください、もうその話は!」
最後の出勤の真司は、数分前からスタッフルームの前に立ち尽くしていた。
話は全部聞こえていた。内容については驚きはしなかった。しかしこんなやりとりが行われているのに、ずかずか入っていきづらい。
こうやってずっともじもじと躊躇っているのだ。
「何してーんの」
かぷ。真司の耳を紫苑が噛んだ音。
大声を出しそうになったのをぐっとこらえた真司は慌てた。この話を紫苑に聞かれたら――――
「い、今何か大事な話してるみたいで…」
紫苑の背中を押して場を離れようとした時、
「紫苑だって今でもお前のこと好きなんだよ!わかってるんだろ?静流!!」
オーナーの怒鳴り声が辺りに響いた。
紫苑さんのほうも…?本当に―――?!
「離せよ」
呆然となる真司の手を紫苑が振り払い、部屋に乗り込んでいった。
「あんのアホ司―――勝手に人の気持ち代弁すんじゃねぇ」
ともだちにシェアしよう!