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薔薇の憂鬱

今年30周年を迎えるビッグユニットの曲からイメージして書いた話その2。 ーーーーーーーーーーーー 10月11日(日) 今日も約束を守れなかった。 いつもいつも、俺はあいつの望みを叶えてあげることが出来ない。 どうしてなんだろう。 仕事が忙しいとか、時間が無いとか、そんなの言い訳なんだってことは分かってる。 「11日ぐらいは空けてくれるだろ」  3日前の尚の電話を忘れたわけじゃない。そして、自分が返した返事も、覚えてる。 「うん、いつも尚には淋しい思いさせてごめん。その日は大丈夫だから」  現在、約束の時間から3時間が過ぎている。 尚とは同期入社で、一番に仲良くなった友人だった。でも友人じゃなくなるのはすぐだった。 で、俺は転勤を命じられ、いわば遠距離恋愛。 会議のため、電源をOFFにしておいた携帯電話の電源を入れる。 きっと尚からの留守電がめいっぱい入ってるはずだ。恨めしく、でもその拗ねた声が可愛くて、憎めない、いつものあの声が――  ない。 件数は0だった。  電話がつながらなかったのか、とも思い、俺はすぐ尚に電話した。が、虚しく留守電に切り替わった。  おかしい。 いやな予感がして、俺は狂ったようにリダイヤルし続けた。 1時間ほど続けたが、結局状況は変化無く、諦めざるを得ない。   明日の朝一番で、電話しよう。 そして、今週末には、絶対に会いに行く。 10月12日(月) 翌朝、予定より随分と早くに目覚めた。 早速尚に電話する。 「もしもし」  やっとつながった。寝起きであることがすぐにわかる、尚の声。 「あ、俺…昨夜はごめん。電話したんだけど、つながんなくって…」 『昨夜何してた?!』とはやはり、妙なプライドのためか、訊けなかった。 「ああ…しょうがないよ、仕事だろ。気にしなくていいよ。無理してくれなくていいからさ」  いつもならカンカンに怒って、機嫌を直すのに骨を折るところなのに、ヘンに聞き分けがいい。 「じゃぁ…俺、まだ眠いから」  電話が切れた。ツーツーという音を、久々に聞いた気がする。 …いつも、俺の方が先に切るからだ。   10月13日(火) 胸騒ぎがする。 でも、週末までは予定がびっしり詰まっていた。 あと4日は長い。 10月14日(水) 仕事が終わって携帯電話を見ると、尚から1回だけ着信があったようだ。 かけなおすが、やはりつながらない。最近ずっとそうだ。 10月15日(木) 3日も話さないなんて、今までなかった。淋しい。 仕事も手につかなくなってミスが増える。 10月16日(金) 仕事から帰るとすぐ、尚の元へ向かう用意をした。そして車を走らせる。 高速に乗って4時間の道のりは、疲労困憊の寝不足の身にはさすがにこたえる。  尚の部屋に着いたのは、午前1時を過ぎた頃だった。 なんの躊躇いも無く、持っていた合鍵で中に入る。   尚が、誰かと抱き合っていた。 目が合うと尚は、一応男から離れたが、特に驚愕しているようにも見えなかった。 「健…なんで…?」   自分が悲しいのか怒ってるのか、わからなかった。 「いつも会えなくてすまないと思って…時間出来たから、飛んできた」  いやに冷静に話してしまっている。 「気にしなくていいって、言っただろ…」   後ろめたさどころか、開き直っているようにも見える。 まるで俺が、厄介者みたいな雰囲気だ。 もう、この男がいるから、俺はお払い箱ってわけか。  そんなものだったんだろうか。会えないと潰れるような仲だったのか。 愛している、それだけではダメなのか? 尚の弱さが腹立たしかった。遠くの恋人より近くの他人、って?冗談じゃない。俺だって会いたかった、いつも一緒にいたかった。  窓辺に、どす黒い花弁の薔薇が花瓶に生けられたまま、醜く萎れている。 先月、尚の誕生日に俺が宅配便で送りつけたものだった。 「女みたいだ」と怒ってはいたが、電話口での尚の声は嬉しそうだった。 いつまでも萎れることなく、生き生きとしたままで在り続けて欲しい、と願わんばかりに生けられつづけている薔薇たち。 尚の愛もそうだったのかもしれない。 尚は俺を長く愛する努力をしてくれていた。いつも体中で愛を注いでくれた。 俺は――? 尚という薔薇に、愛という名の肥料を、安らぎという名の十分な水を、与えていたか。 与えられ続けていただけだった。 そんな俺が、尚の心変わりを、どうして責められようか。 さようなら、愛しい人――― 10月30日(金) 尚がすべてだった自分に気づく。 失ってからでないと気づけない自分が愚かしく、憎い。 仕事仕事と、なにを躍起になっていたんだろう。ばかばかしい。仕事は面倒を見てくれたり、優しく愛を語ってくれたり、悲しいときには包み込んでくれたり、してくれないのに。  新しい恋にも踏み切れず、俺はまた今日も仕事に向かう。

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