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仁さんとデート

「仁さんおはよう」 午後2:00過ぎ。さすがにもう起きているだろうと思って電話をした。 「智からお詫びの電話いった?」 『来たよ。宮ちゃんにはちゃんと智ちゃんが報告したんだね』 「うん」 『大丈夫?宮ちゃん』 「俺の気持ちは伝わったよ、智に。それでいいって言ってくれたと思うしね」 『まあ、智ちゃんは大丈夫だよ。俺が心配してるのは宮ちゃんのほうなんだけどね』 「え?なんで俺?」 『今日智ちゃん泊まっていくの?』 「いや、月曜は休み明けで忙しい朝みたいだから、日曜の夜は逃げ帰るよ」 『笑えるね。店のためにこんな二人を持ち駒にしてる俺ってサイコーじゃない?』 「仁さんには敵わないよ、何事も」 『じゃあ、強制ね。智ちゃんが帰ったら、僕と飲むこと』 「今日?」 『うん。じゃあ、連絡して。はふはふしながらおでんにしよう。僕大根嫌いだから食べていいよ』 「大根嫌いなら、おでん食べる意味がないよね」 『いいの。宮ちゃん、あの紺色のざっくりしたセーター着てきてね。ああいうのが似合う男とデートしたいんで、よろしく』 電話はそのまま切れた。俺には選択権がないみたい。仁さん相手だとスーパーリーマンもお菓子のチョコレート並み。 リクエストどおりの服を着て出かけた俺は、仁さんを見て少し焦った。細腰にフィットしたローライズの黒いパンツに白いシャツ、もちろん鎖骨露出の開襟状態。日曜の夜にしてすでに爛れた感を醸し出して立っていた。危険すぎて子供ならとって喰われそうな雰囲気を出しているので、近寄っていいものかどうかと思案したくなる、そんな出で立ち。 「うわ、なに、この不健全な感じは」 「ふふん、リクエスト通りだね、宮ちゃん」 仁さんの腕が腰にまわされる。 「向かいのドアのガラス見てみなよ」 どうみても、ソッチ系の二人がデートですといった風情が映りこんでいた。 「仁さんなにしたいの?まったく」 「たまにはこういうイカニモなことしたくなるんだよね、僕。こういう格好は嫌いじゃないし。あばずれに好青年が食われそうな図、キシシ」 たしかによく似合っているよ。 「俺がフリーだったら速攻口説いてるよ、仁さん」 「智ちゃんのじゃなかったら、僕は君を取って喰ってるよ」 ふふんと淫靡な微笑みを投げてよこして、仁さんは俺の背中を押した。 そして大根が嫌いだといいながら、おでん屋にいる俺達。 道中歩行者全員から指をさされているかと思うくらい視線を感じた。もちろんこの店内でも。ホールのバイトは見たところ女の子は一人なのに、そのこしか俺たちのテーブルにこなかった。男の子は隠れることにしたらしい。 「仁さんには驚かせられるよ、いっつも」 「そうだね、今日は少し余興でもないと宮ちゃんが失神しかねかいからね」 「なに?なんか嫌な予感というか、このまま帰りたい」 仁さんはお猪口に酒をついでから、さっきまでのノリはなりをひそめ、真剣な目を俺に向ける。 「今回の件、陵の離婚ね。智ちゃんのことは心配してなかったよ。あの子は強い、大丈夫。それは宮ちゃんのおかげでもあるし、僕のおかげだし、重や久の力もある。 でもね、宮ちゃん。君はこのままじゃダメそうだ」  ダメって何が?智が大丈夫なら、俺は何も問題ないじゃないか?違う? 「宮ちゃんはずっとミサキにこだわっているからミサキに振り回されている。僕も悪いよ、それは反省してる。宮ちゃんのはヘンゼルとグレーテルだけど智ちゃんはフランス映画と評した」 「うん、覚えてる。蕎麦食べようって盛り上がった日だったね」 「ミサキに縛られているのは、宮ちゃんのほうだよ」  何も言えなかった。つねにミサキという実態のない男と戦ってきた。ミサキがどんな顔をしているのかも知らないし、弱点もセールスポイントもわからない。  過去も何もかも全部抱えると智に言ったのは俺だ。戦いを挑んだとしても実態のないミサキは雲の上にたたずんでいるだけだ。だから俺は一生勝てない 「さすがだね、仁さん」 「僕は隊長だからね、優秀な隊員二人を失うわけにはいかないんだよ。二人で何かをするっていうことは大事なことだよ。宮ちゃん」  ショコラ隊は仁さんが俺達のために?聞いても答えてくれないね、きっと。 「まわりくどいことは言いっこなしで、僕の提案」 「提案?」 「陵に逢ってみる?宮ちゃん」  部屋の電気もつけずに帰宅したままの格好で、ソファにひっくりかえっていた。  この前智がソファに頭をのせて天井を見ていたとき、ミサキに直接智はやらないと言ってやりたい。俺はそう願った。そして俺が「うん」と言えば、それが叶ってしまう状況になった。 俺はどうしたいのだろうか。相手と対峙してそう言いたいのだろうか?それに意味はある?  仁さんは俺のほうが縛られていると言った。それは当たっている。  過去に付き合った相手。彼らにも過去があり、俺にもあったけれど、それが問題になることは一回もなかった。俺はまったく気にならなかったからだ、そしてたぶん相手もそうだったのだろう。「今」があるのだから気にすることはない。過去なんて関係ない。それなのに智が相手だと気になってしまう。  ベタベタに甘やかして縛りつけようとしている俺。そもそもベタベタに甘やかすなんて絶対されたくないから相手にしたこともない。それなのにミサキに対抗するのはこの方法しかないと行きついて実践しているのが、今の自分。  俺は、智をがんじがらめにしてしまいたいのだろう。そして自分も同じように絡め取って欲しいのだ。そんなことは嫌だと言い続けてきた。だから相手にもそんなことをしないと貫いてきた。  そして今すべてがひっくりかえっている。何にそんなに怯えて、不安なんだろう、俺は。智の気持ちか?いや違う……ミサキだ。加瀬陵という名のミサキだ。  考え続けていても答えはでない。そういうときは前進あるのみ!

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