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さらに一歩、二人の明日
ワインのコルクが抜かれる様子をみながら、沈み込む想いをつかんでは離すを繰り返していた。
「はい」
渡されたグラスを受け取り軽く合わせる。カチンという音がやけに響いて聞こえるのは気のせいだろうか。
「なんか言ったほうがいいのかもしれないけれど、何も言えなくて。黙ってしまっているけど智のせいじゃないから」
「わかってるよ、宮さん?」
「なに?」
「なんかね、ここに二人で帰ってこれて僕ものすごくほっとしてる」
「うん」
安堵、ここに一緒にいられる幸せを噛みしめる。
一人の男の長い長い話。沢山の不幸と幸せと、困惑と力強さ。とてもきれいで哀しく、この先にある未来。せき止めていたものが、とうとう溢れた。何を想っての涙なのかわからないのに、止めるすべもなく流れおちる。
「ほっとしたって智が言うから……決壊した」
「ミサキがあんなだったなんて知らなかった」
「……うん」
「今日逢ったあの人は、ミサキじゃないよ。僕の知っている人じゃなかった」
「……うん」
「美咲さんを忘れないように生きていたことから解放されたんだね。でもね、僕はやっぱりあの時のミサキを大事にしたいんだ。かつて好きになった男としてではなくね、もがいていたあの時のミサキを誰かが覚えていてあげないといけないと思うんだよ。僕間違ってるかな」
俺はたまらず握っていたグラスを置いて智を抱きしめた。
「そんな風に思える男を好きになれて、俺は幸せなんだよ、もう大丈夫。智がミサキを抱えていてもいい、逆に忘れないでいてあげてほしい。そうじゃないと陵さんかわいそうだ」
智の目から滴がこぼれる。
「うまく説明できなかったんだ、今まで。ミサキを忘れないっていうその意味がね。だから宮さんを苦しめたこともあったよね。でもそういう意味の「忘れたくない」とは違うことが今日わかってもらえた。そして横にいるのが宮さんで、一緒に帰ってこられて……よかった」
しばらく無言で抱き合ったあと、少しだけ照れくさくなる。こんな風にお互いに泣いたことがなかったから。
「のみなおそうか。今日はゆっくり飲もう。チーズとってくる」
台所から戻ると、智は携帯を見ながらニヤニヤしていた。
「どうしたの?」
「マスターからメール。明日お店は臨時休業だって!たぶん店を開ける体力は明日ないだろう、貼り紙しておいてくれって」
「4人そろうのは久しぶりみたいだったしね」
「でも、今日の仁さん一番格好悪かったし、信用度が下がった!」
「ううう。あれはちょっとね……なんというか」
「加瀬は仁に甘すぎるし、一番合うからといって情報流しすぎだ」
「そうだよ、重の言うとおりだ。帰ってきても仁しか逢って帰らないとか、ありえないだろう」
「でもね、久が気にしてるから」
「でも、もうナシな!そういうこと」
「これにこりて仁もコソコソしないように」
「うるさいよ、重。僕はコソコソなんかしてない」
完全に傍観するしかない俺達二人は四人の会話を見守るしかできない。それにしてもこの中にいると仁さんのわがまま度があがるようだ。
「智、ちゃんとしてないと持って行かれるぞ」
「え、なんですか重さん」
「ハニーだ」
「え?」
智と顔を見合わせる、持って行かれるってなんだ?
「いっておくが、ど真ん中だよ」
「はい?」
陵さんが静かに言い放つ。
「仁のどストライクってこと、宮がね。今回のことでトモキが少しでもぐらついたり、二人がもめたりしたら、仁は宮を掻っ攫う気だったってこと」
「ええええええ!」
長い付き合いだけど、そんなそぶり見せたことがないじゃないか!仁さん。あ……あのおでんの日は、若干……。
「いいじゃないか。智ちゃんが陵のほうがいいって言うならさ、僕が宮ちゃんもらったってさ!」
「仁さん、僕そんなこと言ってないし!」
「宮ちゃん、こないだ速攻口説くって僕に言ってくれたよ」
うわ、なぜ前後の説明もなくそこだけを言うんだ、仁さん!智の手をぎゅっと握って叫ぶように言い訳する。
「いいか、智、俺を信じろ。『俺がフリーだったら速攻口説いているところです』と言っただけだ。智がいるからしませんけどね、という事だ!口説こうと思って言ったわけじゃないから!」
「トモキ?宮が君を手放すようなことがあれば、僕が迎えにいくから」
陵さんにカラカラと笑われて唖然とする。まったく敵わない……この人たちには。
「俺も明日風邪ひいちゃおうかな」
「それもいいね。今のうちに貼り紙してこようかな」
「え?今から」
「だって、それさえやっておけば、明日何もしなくていいし」
皆が働いている憂鬱な月曜日に、二人でぐずぐずするのも悪くない。
「あ、今なんかいやらしいこと考えてた!」
「いやらしいじゃないよ、いいことだよ」
「うわ。オヤジくさいよ」
ああ、俺は幸せだ、とてつもなく、嬉しくて叫びたくなってくる。
「よし、貼り紙にいこう、智」
「一緒に?」
「うん、そして明日もずっと一緒にいよう」
「そうだね」
二人で何かをするのはいいことだ、そういったのは仁さんだった。皆がいて俺達は幸せだということを実感できた。ミサキの存在は俺と智の礎になる。
「ねえ、宮さん」
「なに?」
「宮とか宮ちゃんとか宮田とか、マスター達が皆そんな風に言うからさ」
「うん」
「僕……透って呼ぶことに決めた」
「え!」
外にでるために上着を着ていた智は真っ赤な顔でそう言ったトオルと初めて俺を呼んだ日、あの時を境に俺の気持ちが定まったことを思い出す。
そして今度は二人の気持ちが定まることになる。この先もまだ一緒にいられることを確信した。……きっと、絶対に。
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