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第48話 未来④
それから、涼矢をきつく抱きしめた。「俺、一週間後に引っ越すんだよ。引っ越し当日は朝早いから会う時間ないよ。毎日会ったってあと六日しかなくて、俺ん中ではカウントダウン始まってて、なのに、平気な顔で、今日は早く帰れとか明日も来なくていいとか。」
涼矢は和樹の腰に手を回した。「平気なわけない。」うつむく涼矢。
「淋しい?」
「そりゃそうだ。」
「なら、明日も来ていいだろ。」
「だめ。」
「なんで。」
「俺だけじゃない。和樹の家族だって淋しい。」
「家族は、家族なんだから、大丈夫だよ。俺はおまえといる時間のほうが大事だよ。おまえはそうじゃないの? 俺ら、つきあいはじめたばっかりだよ。しかも、こんなにすぐに遠距離になる。一秒でも長く一緒にいたいし、そうしなきゃだめなんじゃないの。」
涼矢は何も答えなかった。答えようとする気配もなかった。
そんな涼矢を和樹は半ば突き放すかのように離した。そして、「冷静なんだな。」と呟いた。
涼矢は食器の後片付けを再開した。
「俺、やるよ。作ってもらったんだし。」とぶっきらぼうに和樹が言ったが、涼矢は無言のまま手を止めずにさっさと立ち回り、手を出そうにも出せない雰囲気だ。結局涼矢がひとりで片付けを済ませるまで、二人とも口を利かずに気まずい空気が流れていた。
涼矢は、ソファではなく、ダイニングテーブルのほうの椅子に座った。和樹もそれに向き合うように座る。口火を切ったのは和樹だ。「……怒ってる?」
涼矢は黙って首を横に振る。「呆れてる?」ともう一度和樹。
涼矢は「探してる。」と言った。
「探してる?」
「……ちょうどいい言葉。」
「え?」
「怒ってもいないし、呆れてもいない。和樹の言いたいことは理解しているつもり。ただ、今の自分の気持ちを正確に和樹に伝えられる言葉が見つからない。」
「……ややこしいこと言う。」
「淋しいかと聞かれたら、淋しいよ。せっかく好きな人と恋人になれたのに、離れなきゃいけないんだから。できる限り一緒に過ごしたいという和樹の気持ちはわかるし、俺もそうしたいと思う。でも、和樹が一週間後東京に行くことは変えられない。」
涼矢は和樹とは目を合わせない。言葉を探している、それを裏付けるように、一言一言に時間をかけながら話していた。
「それまでの一週間、一日しか会えないとしても、毎日会ったとしても、和樹が東京に行ってしまえば淋しくなる。毎日会えば、その分淋しくならないで済むわけじゃない。」
「でも、やれることは増えるだろう? 大したことはできなくても、こうして一緒にメシ食ったり、ビデオ見たりさ。思い出作りしたいって、涼矢だって言ってたじゃないか。」
「うん。そうなんだけど……。でも、和樹がいなくなった後、毎日会っておいたおかげで思い出がいっぱいあるから大丈夫、とはならないよね。きっと、その時になったら、やっぱりもっと一緒にいたかったのにって思うよ。その後は、だんだん思い出が薄らいでいって、一ヶ月経った頃には、結局思い出すことはひとつふたつの印象的なことだけになる。つまりさ、一日二日会える日が減ったからって、大して変わらない。いや、違うな。そうじゃなくて……そういうのって、相対的なもので。」
「余計ややこしくなってきたな。おまえ、難しく考えすぎなんじゃないの。俺はただ、一緒にいたいって、それだけの話。で、おまえが俺ほどにはそういう風に思ってくれていないところが、ちょっと腹立つ。」
「うん……わかってる。」
「わかってねえだろ。」
涼矢はやっと顔を上げて、和樹を見た。「わかってるって。」真剣な目だ。和樹は少々気圧される。「こんなこと言ったら和樹は笑うかもしれないけど。」
「笑わねえよ。」涼矢の言おうとしていることはまったく予想できない和樹だったが、笑うような内容ではないことだけは確信があった。
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