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第49話 未来⑤
「俺は、和樹みたいに恋愛経験が多いわけじゃない。わかってるだろうけど、誰かとまともにつきあうのは和樹が初めてで、だから、加減がわからないっていうか。今が楽しければいいんだって思う反面、一週間後のことも、来年のことも、四年後のことも、十年後のことも考えてしまう。きっと和樹にとっては、そういうの重いと思うけど。」
「そんなことは……先のことまで考えてくれてるんだとしたら、嬉しいよ。重いなんて、思わないよ。」
「そうかな。」涼矢は上目遣いでチラリと和樹を見た。「俺、十年後も一緒にいられるって無条件に信じてるわけじゃないんだ。そこまで楽観的じゃない。遠距離になったら自然消滅するかもしれない。一ヶ月後には喧嘩別れしてるかもしれない。そういうことも想像してる。十年後も一緒にいるっていうのは、俺にとって、小学生がサッカー選手になりたいって卒業文集に書くのと同じぐらい、現実味のない将来の夢みたいなもので。」
「俺は自然消滅させる気はないし、十年後だって一緒にいたいし、だから今だってできるだけ……。」
「うん。俺も。」
「じゃあなんで。」
「だからだよ。一日二日会えなくて淋しい思いをしたとして、それって一ヶ月で別れるなら大きな問題かもしれないけど、十年一緒にいることができたなら、記憶にも残らない誤差の範囲だと思う。俺、十年つきあっていけると思いたい。その先もあると思いたい。だから、今の一日二日なんて、大したことないって言いたい。俺はこれから先の十年も、それ以上も和樹とつきあっていけるんだから、一日ぐらい、この先もう一緒に暮らすことがないかもしれない家族のために使えよって言いたい。」
「あ……。」今度は和樹が言うべき言葉を探す番だった。
「正直、すごく不安。」涼矢は立ち上がり、キッチンに立ち、ヤカンで湯を沸かし始めた。和樹に背を向けたまま言う。「俺が告白してから何日経った? ひと月も経ってない。俺ら、三年も近くにいて、やることやったけど、本当のところ、お互いのことはほとんど知らない。今ここで、たとえ一日でも会えるチャンスを逃していいのかなって思うし、すごく怖いよ。だから和樹の言ってることはわかる。」
和樹は何も言えないでいた。やがてヤカンがしゅんしゅんと音を立て、涼矢はコーヒーをドリップしはじめた。ヤカンで湯を回し入れながら、涼矢は「砂糖とかミルクとか要る?」と和樹に問うた。
「……いや、何も。」俺たちは、コーヒーの好みさえも知らない。
涼矢はカップを和樹の前に置く。客用らしき、美麗なデザインのカップ&ソーサーだ。涼矢の分は、普段使いのマグカップだった。涼矢は立ったままコーヒーを飲んだ。「和樹はさっき、家族は家族なんだから大丈夫だよって言ったけど、俺は『涼矢だから大丈夫』とは言ってもらえない。当たり前だよね。俺たちの間には、そんな、確実なものなんて何もない。でも、だからこそ、信じたいんだ。一日二日離れても問題ないって。遠距離になっても平気だって顔していたい。」そこで涼矢は顔をくしゃっとさせ、泣き笑いのような表情になった。「平気じゃないけどさ。かっこつけてんの。」
「あー。」和樹はうめき声のような声を上げ、自分の髪をぐしゃぐしゃとかきむしった。「俺、バッカみてえ。」そしてコーヒーをガブガブと飲んだ。「あちっ」勢いよく飲んだはいいが、コーヒーはまだ熱かったようだ。和樹は頭を抱える。「俺ってホント、考えなしだな。」
「そんなことない。俺が何かと、いろいろ面倒くさく考えすぎるだけ。」
「俺って何? 本能の赴くまま? やっぱケダモノ?」和樹の言葉に涼矢はプッと吹き出した。和樹はその反応にホッとし、急激に気持ちが落ち着いて、そして、今度は温かな感情がこみあげてくるのを感じた。
「ケダモノなんかじゃないよ。」涼矢はテーブルを半周し、和樹のほうに回ると、背後から覆いかぶさるようにハグをした。「和樹は俺の可愛い恋人。」
「涼矢。……十年後も、その先も。」和樹は自分にからみついている涼矢の腕に触れる。「一緒にいて。」
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