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第54話 淋しさの行方⑤

「泣くとか。」涼矢が言う。「びっくりした。」 「俺もびっくりした。」 「なんだったの、あれ。」 「気持ちいいのと……すっげえ幸せだなってのと……でも、もうすぐ離れなきゃだし……とか、いろいろ。」 「見てたら俺も泣きそうになった。和樹が可愛すぎて。」 「それは今思いついたんじゃないの。俺へのいやがらせとして。」 「なんでいやがらせ? 可愛いって、褒めてるのに。」 「そもそも男に使う言葉じゃないし。……俺、やっぱり涼矢みたいにできねえな。だから、そういうこと言われるんだな。」 「え?」 「もうちょっと過激にいじめてみたかったんだけど、つい仏心が。」 「それじゃまるで、俺が容赦なくいじめてるみたいじゃない?」 「そうだろ? おまえは平気でそういうことできるから、俺を可愛いなんて言えるんだ。つまり、舐めてるんだな。」 「確かに、舐めた。舐めろと言われたので。」 「指の話じゃねえよ。つうか、あれ、ホンット、エロかったわ。あれだけでイキそうになった。」  涼矢が突然半身を起こし、和樹の鼻の頭を舐めた。「和樹がしてほしい時は、いつでもしてあげるよ。」それから目の際もすうっと舐め上げた。「いつでも、どこでも。」 「いつでも、どこでも。」和樹が繰り返した。 「だから、そういう気分になったら、言えよ。『ここ、舐めて』って。」耳を舐めた。  それだけで、和樹は頭がぼうっとした。意識が遠のいていくようだった。  涼矢を見ると、まぶたを少しだけおろして、なんとも妖艶さを漂わせた目で、こちらをじっと見下ろしていた。両の口唇はわずかに開いて、その奥にある舌の行き先を探しているようだ。  半ば無意識に、自分の口唇を指さした。「ここ、舐めて。」  涼矢は顔を近づけて、舌先で和樹の口唇を舐めた。キスとは少し違う感触に鳥肌が立つ。 「ここ、舐めて。」和樹が鎖骨を指さすと、涼矢はほんのわずかに首を傾けて、和樹の鎖骨を舐めた。「……ハァッ。」和樹がひとつ吐息をついた。涼矢はまだ鎖骨を舐めている。「ここも。」脇腹を指さした。涼矢は身体をずらして、そこを舐めた。ぞわぞわとした感覚がそこから這いのぼってくる。和樹は一瞬頭を上げたかと思うと、勢いよくすぐにおろした。その衝撃で正気を取り戻そうとするように。「ここ……。」腰骨を指す。涼矢は和樹の腰を両手で抱え込むようにして、そこを舐めた。「あっ……。」和樹は短い呻きを上げ、その直後に小さく舌打ちをした。俺が感じたら負け。いつの間にかそんな勝負をしている気になっていた。じゃあ、涼矢の負けは……そんなところ舐めたくないと拒否するか、もういやだと疲れてやめた時か。ああ、勝てる気が全然しねえ。  涼矢はまだ腰骨の付近を舐めている。ご主人様に忠実な犬のように。和樹が次の場所の指示を出すか、やめていいと言うまでそうしているつもりなのだろう。 「涼。次、ここ。」和樹は右足を上げた。「足の指、舐めて。」それは賭けだった。いくらなんでも、そんなところを舐めるのは、精神的にも衛生的にも抵抗があるものだ。多少なりとも嫌がる素振りを見せたなら、俺の勝ちだと心の中で勝手に決める。  だが、涼矢はわずかなためらいも見せずに、涼矢のかかとを包み込むように持って安定させると、足指を口の中に含んだ。口の中で、一本ずつ、舐めて行く。

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