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第55話 淋しさの行方⑥
和樹のほうが動揺し、とっさに涼矢を止めようと手を伸ばした。その時、この「勝負」が始まってから初めて、涼矢が和樹を見た。挑発的な目。キッチンでフェラをしていた時の、うっとりと熱っぽい目ではない。和樹と目が合うと、これ見よがしに舌を出し、舌先で親指を舐め、それから再び口に含み、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐めた。
こいつ、わかってんだ。俺が涼矢に勝手に勝負を挑んで……それで、負けたこと。いや、違う、最初からだ。最初からわかってて仕掛けてきた。何が「いつでも舐めてあげる」だ。まるで俺に従順になるかのような言い草だが、全然違う。逆だ。支配しているのは、涼矢のほうだ。
「もういい。」和樹が呟いた。
「半勃ちってところかな。」涼矢は和樹の足元から、元の位置、和樹の隣に移動しつつ、和樹の股間に触れる。
「可愛い、か。」和樹はふうっと息を吐く。「可愛いもんなんだろうな。俺なんか。」
「何の話。」
「おまえ、女だったらすっげえ悪女だっただろうな。次から次へと男を手玉に取ってさ。結婚詐欺師とか、向いてたかも。」
「仮にも司法の道に進もうとしている人間になんてこと言うんだ。」
「男で良かった。犠牲者が俺だけで済む。」
「なんで俺が悪者みたいになってんの。俺、和樹の言うこと、ちゃんと聞いたじゃない。」
「なんでもない。こっちの話。」
「二人しかいないのに、こっちもあっちもあるかよ。」
「そうだな。」和樹は涼矢を抱き寄せた。「二人しかいない。俺には、おまえしかいない。」
涼矢はそれを聞くと毒気を抜かれたような顔をして、フフッと笑い、和樹の胸に顔をうずめるようにくっついた。「俺には和樹がいる。和樹がいればいい。」
涼矢も和樹の背中に腕を回してきた。思いのほか強い力でギュッと抱きしめられたので、和樹は息苦しさを覚えたが、そのままにさせておく。
少し、苦しい。
苦しいけど、涼矢と抱き合っていられるなら。
苦しくても、「苦しい」は、「淋しい」よりは、ましだ。
その後はぼんやりと過ごした二人は、やがて外が薄暗くなってきたことに気付いた。
「そろそろ、帰らないと。」和樹が立ち上がる。
「うん。」
「あ、そうだ、涼矢。」和樹は上着を羽織りながら言う。「今度、うちにも来いよ。明後日でも良いし、その後でも。母親いるけど。」
「噂のモデルさんね。」
「元、な。」
二人で階段を下りて行く。「チャリ乗れそう?」
「ああ、そうだった。今日こそ乗って帰らないとな。たぶん平気。」和樹は靴を履く。「じゃ、またな。」
「うん。また。食事、楽しんできて。」
「おう。」玄関の段差の分、涼矢のほうが高いところにいる。涼矢と向き合うと、少しだけ見上げる形になった。「涼矢。」
「うん?」
「ここ、舐めて。」和樹は襟をグイッとひっぱり、首と肩の境目のあたりを示した。
涼矢は屈んで、そこをペロリと舐め、「跡、つけてもいい?」と言った。
「いいよ。」
涼矢はもう一度同じ場所に口づけて、吸った。そして、仕上がりを確かめるようにその痣を撫でると「明後日まで、残るかな。」と言った。
「どうかな。」
「ん。じゃね。」
「ああ。じゃ。」
和樹は一人、家に戻った。
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