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第57話 弟のカレシ②

「な、何?」 「ちょっと。」宏樹は目線を和樹の部屋方向に向け、そこへ行こうと誘うジェスチャーをした。 「待って、牛乳飲むから。」それぐらいしか冷たい飲み物がなかった。  コップ一杯の牛乳を一気に飲み干すと、和樹は宏樹と自室に行った。 「おまえ、それ、着るな。首んとこ、テロテロじゃないか。」部屋に入るなり、宏樹が言った。 「そこが気に入ってんだけど。」 「見えてる。」 「何が。」 「……キスマーク。」  とっさに首元に手をやる。 「おふくろに見つかる前に、別のにしろ。」 「ああ、うん。」 「……ということは、ゆうべ泊まったのは彼女の家か。」 「まあ、そんなとこ。」"彼女"ではないけれど。 「お試し期間とか言ってた子だろ? 親は?」 「昨日は出張でいなくて……。」 「親の留守中に泊まり込んだのかよ。俺もあまり堅いこと言うつもりはないけどさ。やっぱり、そういうとこの線引きはしたほうがいいんじゃないの。カズは女とっかえひっかえだけど、そういう点では信頼できると思ってたから、東京行くのだって後押ししてやったわけだし。」 「すんません。」 「東京でも、なし崩し的に同棲とか、絶対するなよ。」 「それはない……と思う。相手はこっちに残るし。」 「それでもつきあいつづけるんだ。」 「うん。」 「意外だな。カズのことだから、遠距離なんて無理ってあっさり別れると思ってた。」 「そう言われたし、自分でもそう思ってた。でも、別れないよ。」 「へえ。ずいぶんはっきり言うんだな。」 「うん。」 「本当に好きなんだ。」ニッと笑うと小さな目がますます細くなる宏樹だ。 「うん。」 「それなら尚更、大切にして、ちゃんと守ってやらないとな。何かあったら、傷が大きいのは女の子のほうなんだからさ。」 「あ……うん。」大切にしたいとは思うが、守るのとは違う。涼矢は"女の子"ではないから。  "彼女"じゃない。"女の子"じゃない。  宏樹に本当のことを言ってしまいたい。  言って余計な心配をかけたくない。  和樹の中で葛藤が渦巻いた。

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