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第62話 a quiet day ③

 部屋で、涼矢にスマホでメッセージを送る。 [おはよう]  それだけの。 [おはよう]  同じ文面の返事がすぐに来た。 [涼矢のコーヒーが飲みたい] [いま飲んでるけど] [うちインスタントしかなかった まずい] [いつでも来てください 喫茶リョーヤ] [明日行きます] [お待ちしております] [笑]  最後は涼矢からコーヒーの写真が送られてきた。涼矢用のマグカップだ。  和樹は、東京の部屋には、二つのマグを置いておこうと思った。  それから和樹は、もう一度荷造りをチェックし、他に忘れ物はないかと部屋の中を見回した。壁の写真に目が留まる。先日雑誌の間から落ちた、水泳部が大会で入賞した時の集合写真だ。あのあと、壁にピンで留めた。その写真を外すと涼矢のファイルに挟み、そのファイルは「曲がらないように」しまい直した。  そう言えば二人で撮った写真ってないなあ。と、和樹は思う。さっき手にした集合写真は、二人とも坊主刈りに近い短髪で、今よりずっと筋骨隆々だ。あの写真じゃあまりにも色気がなさすぎる。  明日、どこかに出かけよう。それで今の二人の写真を撮ろう。自分のそんな乙女チックな願望に、自分で苦笑する和樹だった。それから、その明日のデートはどこがいいかと考えを巡らせた。映画も水族館もプラネタリウムも科学博物館も行ってしまった。地方都市のこの町には、他には大して遊ぶところはない。カラオケは涼矢が好きではなさそうだし、後は何があるだろう。ボウリング? ビリヤード? 女の子とのデートならカフェやショッピングセンターでも良かったが、涼矢と二人で行くのはなんだかピンと来ない。  そこで再び、さっきの写真を思い出した。 [明日はやっぱり外デートしよ] [いいよ 行き先決まってるの] [市民プール 屋内温水だから今の時期でも泳げるよ] [行ったことない 遠くない?]  市民プールは同じ市内ではあるが、和樹たちの町からはあまり近くない。 [バス乗り継いでトータルで1時間ちょいかな タイミング悪いと1時間半ぐらいかかるかも] [了解 いいよ]  和樹は水着類を探した。部活で使っていたものは一式、送る荷物には入れていないはずだ。箪笥の一角にまとめて入っていたそれを見つけると、そこから競泳用水着を抜いて、遊び用の短パンタイプの水着に入れ替えた。  待ち合わせも決めて、いったん会話は終了したつもりが、またスマホが振動した。 [首元のアレ 気をつけて]  和樹はカメラを自撮りモードに変えて、鏡代わりにして首元を見た。涼矢のキスマークは、まだ健在だった。 [絆創膏でも貼って行く]  キスマークに触れると、そんなはずはないのに、そこだけやけに熱く感じた。涼矢の唇を思い出し、舌を思い出し、指を思い出し、涼矢と過ごした濃密な時間を思い出して、身体が疼きだす。朝っぱらからどうしようもねえな、と思う。でも、今ここで自慰などすると、いつ母親が来るかもわからない。和樹の部屋に鍵はない。 「ちょっと美容院に行って来る。」その時、タイミング良く恵の声がした。 「はーい。行ってらっしゃい。」いつになく良い返事をする和樹だった。  恵が出かけた気配がしてから和樹は玄関に行き、ドアの鍵がかかってることを確認した。  これで心おきなく、と思いながら、スマホが視界に入った。 [涼矢くんにお願いがあります] [なんですか] [涼矢のHな画像を送ってください] [死ね]  次いで、ドクロのスタンプが連続して送られてきた。  やべ、涼矢の奴、マジで怒ってる……と戦々恐々としていると、スタンプが止まった。ごめんと送ろうとした時、何やらドクロではない画像が送られてきた。  バナナを半分ほど剥いて、舌を伸ばしてその先端を舐めている涼矢の横顔だった。アダルト寄りグラビアアイドルがよくやる、セクシーな行為を連想させるショット。自撮りのせいか、目線はこちらを向いているのが余計に生々しく扇情的だ。 「バッ……」和樹は「馬鹿な事しやがって」と言いかけて口を押さえた。リクエストに答えてくれた涼矢を馬鹿呼ばわりしちゃダメだよな。いや、ホントにやるとは思ってなかったけど。つか、馬鹿呼ばわりしたところで、あいつには聞こえやしないけど。いやいや、それより、あいつそういうキャラじゃない……だろう……って、そんなことないか。結構いろいろ、その、すごいよな。 [保存しました] [消せ すぐに消せ] [ノリノリじゃないですか] [今死ぬほど後悔してる] [これからこれ使うから邪魔しないで] [使うって言い方やめろ] [愛してる]  ハートマークを連打して送ると、涼矢からの返信はおろか既読マークすら途絶えた。

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