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第66話 スキ・キライ・キス①

 結局そこから一時間以上、涼矢を中心に「ミニスイミング教室」が行われた。こどもたちは全員、和樹が教えた二人も含め、飛躍的に上達した。 「ねえ、お兄さんたちは水泳選手なの?」と、涼矢が「眉毛の奴」と呼んでいた、凛々しい太眉の子が聞いてきた。 「俺たちは通りすがりのもうすぐ大学生だよ。高校で水泳部だったんだ。」と和樹が答えた。 「何高校?」 「S高。」 「じゃあ僕もS高行って、水泳部入る!」  そんな言葉を言ってもらえると、さすがの和樹も嬉しい気分だ。「デートを犠牲にしてまで教えてやった甲斐があった」などと思う。もっとも、まともな指導はほとんど涼矢がやったのだが。和樹の指導と言えば、某往年の名野球選手のような「そこはもっとガーッと」「もう少しシュッと」といった、よくわからない抽象的な言葉ばかりだった。  結局、その後は適当に流して何本か泳いただけで、シャワーや着替えの時間を含めて三時間、という規定の時間が来てしまった。  帰りのバスの中で、「つっかれた。」と涼矢がぼやく。「ほとんど泳いでないのに、なんだこの、疲労感。」 「お疲れさま、涼矢センセ。」 「おまえが最初に相手するからだろ。それで俺に丸投げだもんな、まったく。」 「悪い悪い。名コーチだったよ、本当に。」和樹は涼矢の頭を自分の肩に寄せる。「お疲れだろうから、寄っかかっていいよ。」  涼矢はそれを拒否しないが、目だけはきょろきょろと車内を見まわした。 「大丈夫、誰からも見えない。」和樹が小声で囁く。二人は、後ろから二列目の二人掛けのシートにいた。そもそも二、三人しか他の乗客はおらず、彼らは前方に座っている。「キスもできそう。」 「すんな。外から見えるだろ」 「誰もいないよ。」和樹は、自分の肩にもたれている涼矢の額にキスした。 「やめろって。」 「もう、いけずぅ。」和樹は涼矢の手を握る。「これは、良いよね?」  涼矢はうなずいて、握り返してきた。それから、和樹の肩に寄りかかるのもやめるつもりはないようだ。 「この後、うち来ない?」と和樹が言った。  涼矢がピクリとする。「和樹がいいなら、いいよ。」 「本当はベッドに直行したいけど、親いるから我慢な。」  ふん、と鼻で笑う涼矢。また「そんなことを考えるのはケダモノの和樹だけだ」といったことを言われると思っていると、涼矢は「プールでどうにかなっちゃったらどうしようって思ってたけど、それどころじゃなくて逆に良かった。」と言い出した。 「どうにかって、ずっと部活で見てても平気だったって言ってたくせに。」 「般若心経があったからね。」  和樹は吹き出した。「おまえのメンタルコントロールはすげえな。」 「今まではね。」和樹の肩にもたれたまま、上目遣いで和樹を見た。「最近、ちょっと危うい。」 「そう?」 「和樹が、余計なちょっかい出してくるから。何もなきゃ我慢できるのにさ。」 「また俺のせいにする。」和樹は涼矢の髪の毛をくしゃっとつかんだ。 「だから、そういうの。」 「このぐらい、いいだろ。」 「このぐらいが、このぐらい、で止まらなくなるんだよ。」涼矢は握っていた和樹の手を自分の口元に持ってきて、指をからめたままで、その手の甲にキスをした。「下手にちょっかい出されると、こっちだっていろいろしたくなる。」 「……舐めてよ。」 「え?」 「いつでも、どこでも、いいんだろ? そのまま、指、舐めて。」涼矢が赤くなる。「誰か来たらやめていいからさ。」こういうところで仏心を出してしまうのが、俺の弱さだな。  涼矢は一度前髪をかきあげると、腰を少しずらして座高を低くし、かなり深くうつむいた。また、和樹の胸に頭を押しつけるようにもした。つまり、極力他人から口元が見えないようにしてから、和樹の人差し指を口に含んだ。

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