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第69話 Stairway ①
「そんなに、怒るなよ。」乗り継ぎを待つバス停留所で、和樹は言う。
「怒ってない。」
「どう見ても怒ってる。」
「和樹は、ああいうこと、したかったんだろ。俺はおまえに合わせただけ。」
「ほら、やっぱ怒ってるし。」
「あのさあ。」涼矢が言いかけたその時、次に乗るバスが来て、一時停戦だ。
このバスははじめからそこそこ混んでいて、ひとつふたつの空席はあったが、二人は自然と立つことを選択した。
「まあ、俺も、やり過ぎたよ。」涼矢がぽつりと言った。
「いやいや、俺が……。」
「うん、圧倒的におまえが悪いけど、俺も少しは悪かった。」
「謝ってる感ゼロなんだけど。」和樹はつい笑ってしまう。つられるように涼矢も笑った。
なんとなく二人の間の空気が和らいで、和樹は、今こそ手をつなぎたいな、などと思ったが、もちろん実行には移さなかった。
二人は地元の町に戻ってきた。
「ここからうちまで、歩いて5分ちょっとだけど。」和樹はスマホで現在時刻を確かめる。「少し、回り道して行こうか。」
回り道の理由はわからないながらも、涼矢は素直に和樹についていく。しばらく歩いて行くと、あるビルの前で和樹は立ち止まった。いくつかの会社が入っているらしい、単なる雑居ビルだ。和樹はビルの裏手に回り、錆ついた外階段を登りはじめた。
「いいの、勝手に?」
「良くないだろうけど、見つかったことはない。」
五階分登るとビルの最上階にたどりついた。和樹は慣れた様子で屋上に入る簡易なドアを開けた。屋上には水のタンクがあるぐらいで、特に変わったものがあるわけではない。和樹はぐるりと張りめぐらされた胸の高さほどの柵の一辺に寄って行き、そこに肘を乗せた。涼矢もその隣に立つ。
「こっち、西だから。」和樹の見ている先には、今まさに暮れていこうとする夕陽があった。青から茜色へのグラデーションの空。それが見る見るうちに濃いオレンジ色に染まっていく。
「きれい。」涼矢が言う。
「うん。ここに引っ越してきたばかりの頃、探検みたいな気分で、あちこち見て回ってて、見つけた。なかなか良いだろ?」
「すごく良い。ああいう色、がんばっても出せないんだよなあ。」涼矢がうっとりと空を見つめる。和樹は、嬉しい反面、そんな目で見つめられる夕焼け空に、ちょっと嫉妬してしまう気分にもなった。
やがて、オレンジ色がくすんでいき、辺りが暗さをまとってきた。
「あんまり暗くなると、足元見えにくくなるから。」と和樹が言い、二人は屋上を後にすることにした。
階段に出るドアを開け、そのドアを目隠しにして、二人は優しいキスをした。
和樹の家はマンションの三階だ。エレベーターを待つより階段のほうが早いと、二人で階段を駆け上がった。今日はよく二人で階段を使う。
和樹は「ただいま。」、涼矢は「お邪魔します。」と言いながら、玄関に入る。
玄関から一番近い部屋がダイニングキッチンだ。「はい、いらっしゃい。ごめんね、今揚げものしてて。唐揚げ好き? えーと、何くんだっけ?」
「田崎です。好きです。」端的な回答。
「そう、好きなら良かったわ。」少しよそ行きの顔で、恵が微笑んだ。
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