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第73話 Stairway ⑤

 「田崎くんは」宏樹は和樹をスルーして涼矢を見据えた。「こいつのどこがいいの?」  涼矢は崩していた足を正し、正座をした。膝の上の拳にきゅっと力が入る。「全部です。」  宏樹は、ひゅう、と口笛のような音を出した。「芸能人の結婚記者会見でしか聞いたことないよ、それ。」 「こ、こいつは、人見知りで、口下手だから、あんまり」和樹が割って入ろうとした。  が、「おまえは黙ってろよ。」宏樹は和樹を一刀両断で黙らせる。「全部って言ってもさ。さっき聞いてた限りでは、きみのほうが和樹よりなんでもできるみたいじゃない。なんでわざわざこいつなの?」 「わかりません。気がついたら、好きだったんで。」涼矢は赤面もしていないし、焦っている様子もなかった。和樹のほうがよほどおろおろしている。「強いて言うなら最初は顔だったと思います。顔が好みでした。」  宏樹は破顔した。「正直だね。」 「クラスも部活も一緒で、ずっと見てました。いつも友達に囲まれてて、女の子にもモテて、人気者でした。だから、チャラい、上辺だけの奴なのかなと思っていたら、そうでもなくて。友達のことも、彼女のことも、大事にする奴で。いや、特別仲良い友達とかじゃなくても、です。相手によって態度を変えることがなかった。俺、人と話すのがあまり得意じゃないんで、ちょっと浮いてることもあったと思うんですけど、そういう俺にも変わらない態度だったし、それは初めて会った時から、ずっとそうで……。たぶん、そういうところです。」 「ああ、それはわかるな。人によって態度を変えたり、嘘ついて人を陥れたりできるほど器用じゃないし、そもそも究極の面倒くさがりだからな、カズは。いつだって裏も表もない。」ほめているのか、けなしているのかわからない言葉を並べた後に、宏樹は言った。「だから、こいつの言ってることは、いつも、本心だと思ってる。」  涼矢が少し驚いたような表情で宏樹を見た。 「和樹が、きみを好きだって言うなら、それは、本心なんだと思ってる。」  涼矢の視線が少しだけ泳いだ。泳いだ末に、和樹を見た。その和樹は、宏樹を凝視していた。 「だから俺も本心を言わせてもらうけど、今回の話を聞いて、驚いたし、心配もしてるよ。もろ手を挙げて応援するとも言えない。でも、邪魔したり、引き裂いたりするつもりもない。俺は単なる傍観者でいようと決めた。この先の二人のことは、二人で考えればいい。必要なら、相談にはいつでも乗る。俺が言えるのはそこまで。」 「いいんですか。」と涼矢が言った。 「何が?」 「大事な、弟でしょ。女の子にだって、いくらでもモテるのに。」 「どんなにたくさんの人にモテようが、好きな人に嫌われたら不幸だろ。好きな人が自分を好きになってくれるって、なかなかの奇跡だよ。俺なんかしみじみそう思うね。」宏樹は立ちあがった。「まあ、こいつのこと、よろしく頼むわ。」そう言って、部屋を後にする。と思いきや、すぐに戻ってきた。「布団、こっちに運んじまうぞ、いいな?」  その時和樹は、宏樹がゲームに誘ったのは、恵に違和感を与えることなくこういう時間を作るためだったのだと思い至った。ゲームをするのだと言えば、宏樹の部屋に三人で集まっても、仮に何やら騒いだとしても、おかしいとは思わないだろう。

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