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第81話 幸せのカタチ②

 二人はダイニングキッチンに行く。恵はいなかった。 「洗濯物でも干してるのかな。」と言いながら、和樹が味噌汁の鍋を温め始めた。  今日の朝食は和食だ。鮭の塩焼き、出汁巻き玉子、お浸しに味噌汁。  二人が食べ始めた頃に恵が来た。空の洗濯かごを持っているから、和樹の推測が当たっていたようだ。「おはよう。よく眠れた?」 「おはようございます。はい、眠れました。」明け方までいろいろしていたので、これは嘘だが。恵はにこっと笑うと、またどこかへ消えて行った。主婦の朝は忙しい。 「朝から味噌汁なんて、旅行の時ぐらい。」と涼矢が言う。 「田崎家はパン食?」 「トーストかシリアルか。そんなもんだよ。おふくろ、あんまり料理が得意じゃないから。」 「忙しそうだしな。」 「それもあるけど、料理センスが壊滅的なんだよね。カレーの隠し味が隠れてないタイプ。」  和樹は吹き出してしまう。「そのおかげで、おまえが料理するように?」 「まあ、そうだね。」 「涼矢の作る朝食の匂いで起きたら幸せだろうな。あれだな、毎日僕のために味噌汁を作ってくれないか、ってやつ。」 「プロポーズか。」 「そう。」  涼矢は一瞬手を止めて、和樹を見る。「結婚するのはいいけど、そんなダサいプロポーズは嫌だ。」 「結婚はいいんだ。」 「いいよ。言っただろ、おまえが本気なら、いつでも嫁に行くって。」 「わかった。ちゃんとおまえに受け容れてもらえるような、かっこいいセリフを考えておくよ。」 「お願いします。」  こんな会話を、よくもまあ、眉一つ動かさずに淡々とできるものだ、と和樹は思った。変な時に照れる癖に、こういう時は至ってクール。俺、結構本気で思っているんだけどな。まぁ、幸せになろうだの、結婚しようだの、今の俺がいくら口にしたところで、そこには何の保証も根拠もない。特に結婚なんて今の日本では実現不可能なんだし、涼矢もいちいちそれを本気で取り合う気にもなれないんだろう。わかっちゃいるけど、ちょっと淋しかったりして。 「Pランド、行くの?」食べ終わった食器をシンクに運びながら、和樹が言う。涼矢は当然のようにそれを洗い出した。 「どっちでも。あ、でも、いったん家には帰りたいな。着替えとか……シャワーもしたいし。」 「そうだよな。」 「ついてくるなよ。」 「へ?」 「だから、俺が家に一度帰るって言っても、じゃあ俺も、なんて言うなよ。」 「なんで。」 「うち来たらそのまま居座るだろ、おまえ。」 「人聞きの悪い。」 「違うのか。」 「違わない。そりゃあ、さ。」  その時、恵がやってきた。「あら、田崎くん、お皿洗ってくれてるの。いいのよ、そのままで。」 「いえ、もう終わりですから。」 「ありがとう。本当に、なんでもできて気が利いて、どこかのバカ息子と取り替えたいわ。」 「バカ息子で悪かったね。」と和樹。  涼矢は地味に微笑むだけで、その会話には加わらなかった。  そして、恵はまたどこやらへと消えて行く。 「バカな子ほど可愛いって言うしな。」ボソリと涼矢が言った。 「時間差で言うのやめて。」 「さて、片付いた、と。じゃあ、俺、帰るから。準備できたら連絡する。駅で待ち合わせしよう。」 「涼矢、おまえ実はPランド、すごく行きたいんじゃないの。どっちでもとか言ってるけど、さっきからどう見ても行く気満々だぞ。」  涼矢の頬が紅潮した。「そ、そうかな。」 「遊園地好きなの? 意外。」 「だって、あそこ……。」涼矢はそこで口をもごもごさせた。 「何?」 「Pランドの、どっかの地面にハートの形した石があって、それ一緒に見つけたカップルは幸せになる…とか。」涼矢は和樹から目をそらして言う。  和樹は呆気にとられた。「はい?」 「いや、いい。なんでもない。てか、和樹はとっくに彼女とかとそういうっ」何やら顔を手でバタバタと煽ぐような仕草をする涼矢。  和樹はその手をつかんだ。「行ってない。」 「え?」 「元カノとは、誰とも、Pランド行ったことないんだ。たまたまだけど。中学校の友達とグループで行ったことあるけど、それだけ。」 「そうなん…だ。」 「行こう。」つかんだ手を、キュッと握る。「二人で、探そう、それ。」  涼矢がコクンとうなずいた。

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