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第83話 幸せのカタチ④

「都倉、キミ、何言ってんの。」宮野が空気を読まずに言った。相変わらず前髪をふわふわさせて。 「だからね、俺が、涼矢と。」 「や、やめっ。」涼矢が和樹の腕をつかむ。 「座ったら?」和樹は涼矢に言う。あまり優しくない言い方だ。「おまえがそんな態度するから引くに引けなくなっちゃったよ。いちいちうろたえなければ冗談にできたのに、馬鹿だね。」 「何それ。」「どういう意味?」女子たちがざわつく。女子だけではない。柳瀬と宮野以外の男子たちも顔を見合わせて、訝しんでいる。 「俺と田崎はつきあってるってこと。」と和樹は言い、にっこりと笑った。「温かく見守ってね。」  場が静まり返った。 「マジで?」沈黙を破ったのは柳瀬だ。「つきあうって、何? どういうこと?」 「おまえとヒナちゃん?だっけ、その子と同じ関係だよ。いや、俺らのほうがラブラブだけどねえ。」 「恋人? ゲイカップルってこと?」直球で切りこんできたのは、和樹たちと同じ水泳部だった女子のエース、堀田エミリ。女子部の部長で勝気、ものごとの白黒ははっきりさせたいタイプだ。 「そういうことになるのかな。でも、別に、わざわざゲイですって主張してるつもりもないけどね。たまたま好きになったのがこいつだったの。」 「なあ……」涼矢が真っ青な顔で、和樹を見る。「もう、いいよ。やめろよ。みんなにこんな話聞かせるために来たわけじゃないだろ。」  そんな涼矢の言葉を聞いて、「今の話……本当なんだ。」と堀田が呟いた。その目からぽろぽろと涙が流れたかと思うと、彼女は立ち上がり走り去って行った。 「今度は何だよ!」と宮野。 「……あの子、涼矢が好きだったの。一年の時からずっとよ。」堀田と同じく、水泳部の女子部員だった桐生が言った。「探して来る。うちらは、このまま帰るかも。」それから桐生は和樹を睨んだ。「なんで今になってそんなこと言うのよ、バカ!」  女子二人が抜けた後のテーブルは、気まずさばかりが残っている。 「ごめんな。こんな空気にするつもりはなかったんだけど。」和樹が軽く頭を下げる。「エミリ達には、後で謝っておくから。」水泳部員同士は、下の名前やニックネームで呼び合う。その習慣は男女問わなかった。告白前の和樹と涼矢以外は。  和樹がそう言ってその場を去ろうとした時、「やあ、びっくり。」と宮野があっけらかんと言った。「でもさあ、モテ男二人がくっついてくれたら、その分、俺んとこに可愛い子がまわってくる確率があがるってもんでしょ。」そう言って、自分の言葉に笑った。宮野はいらつく言動の多い奴だが、こんな時には、少しだけ救われる。 「世界中のイケメンがホモでも、おまえのとこに可愛い女の子はまわってこねえよ。」と柳瀬が言い、また自分の言葉に笑った。 「そうだよ、宮野なんて無理!」「宮野とつきあうとか、ありえない!」と残った女子までもが口々に言い、また笑いが起きる。 「つまりさ、俺は、どうでもいいわけよ、そういうの。」柳瀬が涼矢に向かって言った。涼矢はまだ青白い顔で一人うつむいていた。「俺は俺んとこにカワイコちゃんがいたら、それでいい。おまえらが誰とつきあっても、俺は気にしなぁい。」  涼矢はハッとして顔を上げ、柳瀬を見た。柳瀬は涼矢をしっかり見据えていた。 「涼矢、堀田ちゃんもそうだけど、ひそかにモテるくせに、なかなか彼女作んねえなと思ってたら、そういうことかよ。」柳瀬はいつも通りニヤニヤしているが、どこかその笑いは優しい。「天下の都倉を陥とすたぁ、さすがだよ。」  涼矢の青白い顔が、今度は一転、赤くなる。 「そう言われてみるとそうだな。」周りの男子までもが、柳瀬の言葉に何故か同調した。「川島さん振って、田崎なんだろ? 田崎、どんだけハイスペックなんだよ。」 「いや、別にそこは、関係ない。」和樹が注釈を入れる。「こいつとは、綾乃と別れてからのことで」そんな話をしかけて、主に女子からの興味津々の視線に気づく。「まあ、そんなことは、どうでもいいな。」 「えー、聞きたい、二人のなれ初め。」無責任な声が飛ぶ。その中でもひときわ甲高い声の女子が、「アタシも知りたぁい。」と、馴れ馴れしい態度で言い出した。「チューとか、もうしたの? もしかして、その先も? きゃはは、やだぁ。」  さすがに「ちょっとマキ、あんた何言い出すの。」と、その隣にいた女の子がつついた。 「だってぇ、男同士って、どうやるのかとかぁ、わかんないしぃ。」とマキと呼ばれた女子が甲高い声で言う。  涼矢がイラッとする気配を制しつつ、和樹はわざと飛び切りの笑顔で言う。「知りたい?」 「うん、知りたい、知りたい。」 「マキちゃんの好きな体位を教えてくれたら、教えるよ。」 「はぁあ? 何言ってんの、あんた。」急にマキは怒り出した。 「だってぇ、女の子の好きな体位とかぁ、知りたいしぃ。」和樹は笑顔のまま、マキの悪意ある物真似で返す。男子は良い気味だと言わんばかりにくすくす笑いだした。女子も、マキの手前、なんとかこらえてはいるが、笑いを押し殺している。 「女の子にそんなこと聞くなんて、最低でしょ!」 「男の子だってそんなこと聞かれたくないよ。」和樹は少し声のトーンを下げて、諭すように言った。「マキちゃんさぁ、可愛い女の子が、そんなこと言っちゃだめだよ?」 「……ごめん。」マキは素直に謝り、うなだれた。更に、さっきマキをつついていた女子に、「マキ、調子に乗り過ぎなんだから。」と小声で叱責される。それについては聞こえないふりした和樹だが、つい最近、同じように調子に乗り過ぎて涼矢の怒りを買ったことを思い出し、少し耳が痛かった。 「俺、エミリ探しに行って来る。」涼矢が立ちあがった。和樹も、それ以外のメンバーも、心配そうに涼矢を見上げた。 「おまえさ、知ってたの? エミリの気持ち。」和樹が聞いた。 「なんとなくそんな気は……。だから、ちゃんと話して来る。」和樹は引きとめなかった。

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