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第87話 幸せのカタチ⑧

「えっと、あれは……。」カノンがもじもじする。「みんなで乗るものかな?」 「六人ぐらい、乗れるでしょ?」涼矢はカノンの言葉の意味を理解できず、ふつうに返す。 「思うに、定員の話じゃないよ、田崎。」矢島が言う。 「それはさすがに都倉の立場がないよな。」と宮野。 「あの狭い空間にカップルと一緒って、こっちは相当いたたまれないわ。」とミナミ。  そこまで言われ、ようやく自分の勘違いに気がついた涼矢は真っ赤になった。 「いいよ。みんなで乗ろうぜ。」和樹が言った。 「えっ、あっ、いや、ごめん、なんかごめん。」動揺がひとつも隠せない涼矢だった。 「田崎くんっておもしろい人だったんだね。なんか可愛い。」とミナミが言った。 「そうなの、こいつ可愛いんだよ。」和樹が涼矢の肩に手を回した。 「だっ、やめっ。」涼矢はすかさずその手を払う。「みんないるしっ。」 「本当に可愛いわ。」カノンがポーッとした顔で言う。「なんで私、今まで涼矢のその可愛さに気付かなかったのかな。」 「カノンまで!」涼矢がカノンを睨んだ。 「あはは、ごめんごめん。じゃあ、みんなで乗ろうっか、観覧車。」カノンが高らかに言い、六人は歩きだした。  観覧車はちょうど六人が定員だった。乗り込んですぐ、宮野が言った。「観覧車と言えばさあ、てっぺんでキスってのは憧れるよな。」 「わかるわぁ。」ミナミが鼻息荒くうなずく。フードコートではマキをたしなめていたミナミだが、若干、類友のところもあるようだ。 「……ってさ。」宮野が和樹を指差した。「おまえ今、目をそらしただろ。さては経験者だな。」その次にカノンも指差した。「きみもだ、桐生ちゃん。」 「うっせえよ。」和樹は隣の宮野の足を軽く蹴飛ばした。 「宮野うざいわ。」カノンは汚いものでも見るような目で宮野を見た。 「俺もあるよ。」矢島が言い出した。 「おまえが? ていうか、おまえ彼女いたっけか? 聞いてねえぞ。」 「なんでいちいち宮野に報告しなきゃいけないんだよ。バイト先の子と三年つきあってる。」 「まじか、ショック。矢島にまで先を越されるとは。」 「三年前から越されてんだって。」和樹が追い打ちをかけた。 「おまえはそんな経験ないよなあ、田崎?」宮野は向かいの涼矢にへつらうように言う。 「あったらさっきみたいなことは言わない。」真顔だ。「観覧車っていうのは、高いところからの景色を楽しむ乗り物としか認識してなかった。」  ミナミが盛大に笑いだす。「田崎くんてば、おっかしー! おもしろすぎる!」 「その認識も、間違ってはないと思うけど。」カノンは窓の外を見ていた。「見てよ。」  観覧車は頂上に近づいていた。窓の外にはパノラマが広がっている。そして、夕陽。 「うわあ、きれい。」とミナミが歓声をあげた。  和樹も、涼矢も、あのビルの上から二人で見た夕焼け空を思い出していた。涼矢が和樹を見ると、和樹は涼矢にだけわかるように、ゆっくりとまばたきをした。それが「キス」の代わりだということは、涼矢にもわかった。  観覧車から降りると、待ち合わせにはまだ少し時間が早いけれど、夕方になって寒くなってきたからフードコートに行こうか、という話になった。  移動し始めてすぐ、カノンが涼矢にそっと告げた。「花時計のとこ、行ってきなよ、バカズキと。もうすぐ暗くなっちゃうし、探しづらくなるよ。」 「でも、せっかくみんなといるし。」 「みんなのことなんて考えなくていいの、こういう時は。後は私が適当にやっとくから。」 「……ありがとう。」  カノンは宮野に話しかけて、それとなく和樹を宮野から引き離した。矢島はミナミと話している。ふいにひとりになった和樹は、涼矢がじっと自分を見ていることに気付いた。涼矢が顎でこっちに来いと示す。涼矢はフードコートとは違う方向に和樹を誘う。和樹は黙って涼矢に従った。しばらく歩いて、完全にカノンや宮野たちの姿が見えなくなると、涼矢はことの顛末を和樹に聞かせた。ただし、エミリとのキスのくだりは話さず、また、ハートの石のありかも、「公園エリアのほう」とまでしか言わずにいた。  和樹は一通り聞いて「そっか。」と一言言った。 「エミリにもカノンにも、足向けて寝られないよ。」 「そうだな。ただ、それでハートの石見つけるのって、ちょっとズルい感じする。」 「俺もそんな気がしたから、ヒントまでにしておいた。本当はもっと、具体的な場所を教えてもらってる。だから、和樹が探してよ。それだったら、神様も認めてくれると思う。」 「神様か。」和樹は笑った。「おまえ、ほんっとうに、可愛いな。」  二人は公園エリアにたどりついた。その頃には既に薄暗くなっており、もうここで遊ぶこどもは誰もいない。それでも、外灯もあるし、まだなんとか地面は見える。そんな中で、和樹は滑り台やシーソーの下までのぞきこんだが、なかなか見つからない。場所を知っている涼矢は歯がゆい思いで和樹を見守った。10分、20分と時間ばかりが経過し、和樹も少々イラつき始めたその時、ようやく花時計の方向に和樹が移動した。その頃にはもうだいぶ暗くなっていた。だが、花時計のあたりは、時計が良く見えるようにか照明が多く設置されていて、比較的明るい。 「もう、6時近いんだな。」きちんと時を刻んでいる花時計の針を見て、和樹がそんなセリフを口にした。その直後に「あっ」と大きな声を上げた。「涼矢!」と手招きをする。あえて少し離れた場所にいた和樹は小走りで和樹の元に行った。

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