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第88話 幸せのカタチ⑨

「あった。」和樹は花時計の6の数字の近くの地面を指差した。 「あったね。」涼矢もそれを覗き込む。  直径15センチほどのハート型の石が、地面に埋め込まれていた。色はグレーで、周りの石畳の石と変わらない。でも、そのひとつだけが二人には光り輝いて見えた。 「これ入れて、自撮りできるかな。」和樹がそう言い、二人でのけぞったりスマホを傾けたりして、どうにかツーショットにその石が入るようにあれこれと試したが、どうしてもうまくフレームに入りきらない。最終的には、石を中心に二人で寝ころんで、ようやく撮影に成功した。 「よっしゃ。」画像を確認して、その出来栄えに満足した和樹がガッツポーズをする。 「その画像送って。」 「もちろん。」 「幸せになりますように。」涼矢が石をご神体のように拝んだ。 「涼矢と、いつまでも二人でいられますように。」和樹も真似をした。  その時、カノンから和樹にメッセージが届いた。門限が近い女の子もいるので、みんなはそろそろPランドを出るとのことだった。 [二人はどうする? 残る?]  和樹と涼矢は顔を見合わせた。 「みんなと一緒に帰ったほうが良くないか? いろいろ気を使ってもらったんだし。」涼矢が言う。 「そうだね。」 そう言いつつ、 [あと30分だけ、伸ばせない?] 和樹はそんなメッセージを返した。 しばらくして [OK 30分後に退園ゲートね] と返ってきた。 「急ごう。」和樹は涼矢の手を取って、走り出した。 「どこ行くの。」 「決まってんだろ。」 「え? わかんねえよ。」  全速力で走る和樹につきあって走り、それ以上は聞けないままの涼矢。ようやく足を止めた二人の前には、また、あの観覧車。 「良かった、あまり並んでない。」観覧車乗り場には数組の先客が待っていたが、彼らは次々に流れ作業的に箱に吸いこまれていき、さほど待つことなく二人の番が来た。  乗ってしばらく、二人は無言だった。 「すっかり夜景になったな。」和樹が窓の外を見て言った。 「うん。東京だったら、もっとたくさん明かりがあるんだろうね。」 「そうだな。……でさ、涼矢。」 「ん?」 「ひとつ教えてやる。」 「何?」 「恋人同士で乗る時は、並んで座るんだよ。」  二人は向きあって座っていた。 「あ、そうなの?」涼矢は素直に和樹の隣に移動した。 「さっきの宮野の話、聞いてただろ。」  一瞬ポカンとした後で、涼矢はハッとした顔になる。  しばらくの沈黙があり、やがて二人はてっぺんに来た。 「好きだよ。」和樹は涼矢に口づけた。  頂上を味わえるのはほんの一瞬で、二人を乗せた箱は、ゆるゆると下降を始めた。 「おまえ今、目を開けたままだったろ。」と和樹が言った。 「頂上からの景色、見たかったし。」 「俺といる時は俺を優先しろよ。」 「うん。次の時はね。」涼矢はコツンと額同士を合わせた。「今日、楽しかった。」 「みんないたけど、一番デートらしいことしたな。」 「はは、そうだね。」  地上に近づき、ドア側にいた涼矢が先に降りた。続いて降りようとする和樹に手を差し出すと、和樹もごく自然にその手につかまって降りた。  手をつないだまま、また二人は走りだした。観覧車は退園ゲートから一番遠い場所に位置していた。約束の時間まで、あとわずか。全速力で走る必要があった。  退園ゲートと、その前にいる柳瀬たちの姿が見えた。 「ごめ、待たせた。」息を切らせながら和樹が言った。 「遅い。」とエミリが言った。 「ナチュラルに、手、つないでるし。」宮野が言い、二人は慌てて手を離した。  エミリがニヤリと口角を上げた。「遅れた罰として、駅まで手をつないで歩きなさい。」 「いや、ちょっとそれは。」という涼矢と、「別にいいけど。」という和樹のセリフが重なった。和樹の言葉を聞いた涼矢は、「ああ、もう。わかったよ。」と言って、やけっぱちのように和樹の手を握る。ヒュー、と誰かが口笛を吹いた。  歩きだそうとした時、宮野が「みんな電車? 俺、今日、車で来たんだ。S町方面の子は、乗せて行くよ。」と言った。 「あ、俺。」矢島が手を上げた。それから他にも二人ばかりの手が上がる。みんな男子で、宮野は「女子いないのかよ。」と地団駄を踏んだ。それをひとしきり笑ってから、残りのメンバーは駅へと歩き出した。マキとミナミはバスのほうが便がいいからと途中で分かれてバス乗り場に向かい、エミリを含む数人は逆方向の電車、結局同じ電車に乗ったのは和樹と涼矢、柳瀬にカノン、というメンバーだった。そんな分岐のたびにお互いにバイバイを繰り返し、そのどさくさにまぎれて、和樹たちはつないでいた手をそっと離した。

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