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第90話 ジェラシー②

 こんなところで立ち止まる理由も語らないままに、和樹はぽつりと「今日、行って良かった。」と言った。 「うん。」 「エミリのことも含めて。」 「……ああ、うん。」涼矢は曖昧に答えた。  和樹は向き合う形で立っている涼矢に手を伸ばして、その髪の毛をくしゅっと握るようにした。「でも、俺は嫉妬したよ?」 「えっ。」 「あのままエミリに涼矢取られたらどうしようって思ったし。」 「そんなわけ。」 「俺は、エミリがおまえのこと好きだったなんて全然気付いてなかった。でも、おまえは気付いてたって言うし。」 「なんとなく、だよ。」 「俺の知らない涼矢もいるんだって、思い知らされた。」 「そんなの。」 「当たり前だって言うんだろ? わかってるよ。でも、嫉妬したの。我ながら小さいなぁって呆れる。今まではこんなことなかった。つきあってた子が別の男と仲良さそうにしてたって平気だった。別に自分に自信があったわけじゃない。ただ、去る者追わずってだけ。」和樹は涼矢の頭に触れていた手を、頬のほうに滑らせた。外では他人の目を過剰なまでに気にしていたはずの涼矢だが、人も車も通らない細道だからか、それとも今日はもう恥ずかしさもキャパオーバーなのか、何も言わない。「おまえだけだよ。こんな気持ちになったの。」  涼矢はなんと返していいかわからず、ただ、うなずいた。 「で、エミリとキスした感想はどうだった?」  突然の和樹の言葉に、涼矢は固まる。そのことは言っていないはずだし、誰かに見られたはずもない。 「図星、か。」和樹は頬にあてていた手をグーにして、涼矢の胸を軽く小突いた。 「なんで。」 「観覧車でキスした時、ほんの少し、甘い香りがした。同じ香りがエミリからもした。たぶんエミリのリップか何か。」 「そん、そんな、リップがべっとりつくほどには……。」 「おまえ、かけたカマにことごとくひっかかってんじゃねえよ。それじゃ法廷で弁護なんかできないぞ。」和樹はニヤリと笑う。 「カマ……?」 「甘い香りなんかしなかった。いつものおまえの匂いしか。」 「……怒ってるのか?」 「怒ったりなんかしてないよ。そんなこと言い出したら、俺今までに何人の女とキスしたと思ってんの。」 「それは、俺たちが付き合う前のことだし、俺は別に。」 「別に気にならない? そうだよな。おまえ、これから先だって俺が浮気しても構わないって言ってたもんな。でも、それって、俺は辛い。」 「え?」 「俺はたかがこんなことで嫉妬してるのに、おまえは平気だって言う。割に合わない。」和樹は涼矢を抱きしめた。「嫉妬してよ。」  人気のない道とは言え、さすがに抱擁にはうろたえる涼矢だった。「わ、わかったから、離して。」 「浮気するなって言ってよ。」和樹は涼矢を離すどころか、より一層強く抱き、体を密着させてきた。 「わかったって。いいから離せ。」 「嫌だったら、突き飛ばすなり蹴飛ばすなりしろよ。」  和樹の言うとおりだった。離せと口にしながらも、涼矢は両腕をだらりと下し、その上から和樹に抱きしめられ、棒立ちしているだけだった。  涼矢は和樹の上腕に手をかけた。だが、そうやって和樹の腕を自分から引きはがそうするわけではなかった。その手はやがて和樹の背中へと回った。 「嫉妬なんか、ずっとしてた。」涼矢は自分の頬を和樹の頬に合わせるようにして、和樹の耳元で囁いた。「川島さんにも、その前の元カノにも、和樹に片思いしてた後輩の子にも。当たり前じゃないか、あいつら、女ってだけで、おまえに恋する権利があって。俺にはできないことを易々とやりのけて。羨ましかったし、妬ましかった。」涼矢は額を和樹の肩につけてうつむいた。「この上、和樹がこれから出会う子にまで嫉妬しろって? 言われなくてもしてるよ。まだ出会ってもないのに、気が狂いそうになる時だってあるよ。でも、どうしようもないだろ?」  和樹は涼矢の頭を撫でた。「なんだ、嫉妬してくれてたんだ。おまえ、わかりづれえんだよ。」 「俺が嫉妬したってみっともないだけだ。和樹はそうやって、嫉妬しろとか泣いてすがれとか簡単に言うけど、俺はおまえにみっともないとこ見せて、嫌われたくないんだよ。」 「みっともなくない。」和樹は涼矢の襟足のあたりを撫でた。「もっと見せてよ。そういう、涼矢の感情。俺は鈍いんだからさ。」 「鈍いことをエラそうに言うな。ちゃんと相手見て、頭使って考えろよ。」  和樹は少しだけ体を離し、涼矢の顔を正面から見た。「ちゃんと相手を見て、考える。」 「そう。」 「今、おまえが何考えているか?」 「当ててみな。」

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