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第92話 ジェラシー④
「別に良かったのに、あのまま続けても。」和樹があっけないほど軽く言った。「痛いったって、そこまでじゃなかったし。俺は平気だよ。気にすんなよ。」和樹は起き上がり、バスルームへと向かった。「どうせ中断するなら、風呂でも入ろうぜ。」そう言ってお湯を張る。
涼矢はさっきと変わらない姿勢で黙りこくっていた。その隣に和樹も座った。和樹は涼矢の肩を抱き、頬にキスをした。
「大丈夫?」と和樹が言うと、涼矢は自分の額に手を当て、ハア、と吐息をついた。
「それ、俺がおまえに言うべきセリフだよな。」
「俺は大丈夫だって。」もう一度、涼矢の頬にキスをする。「あのさ、おまえ、今までだって結構ひどいぞ。今更だよ。」そう言って軽く笑った。
涼矢は「ひどいことなんか」と言いかけて、いったん口ごもる。「……。いや、してたか。」
「うん、してた。」
「優しくしようとは、思ってる。」
「まあ、そうだな。だいたいは優しいよ。」
「でも、和樹に優しくされるのは慣れてなくて。」
「はい? 俺は優しいだろ、いつでも。」
「うん、そう。和樹はいつも誰に対しても優しい。でも、今俺が言っているのは、そういう優しいじゃなくて、俺に対しての……特別扱いというか。」
「特別扱いで当然だろ、恋人なんだから。」
和樹の口から自然と出てくる「恋人」という単語に、涼矢は少し照れたような顔をした。「だからそういう、恋人…として、優しくされると、なんか、本当かなと思う。あっ、これは別に、和樹の気持ちを疑うというんじゃないよ。なんか、現実感がなくて、本当かどうか、ほっぺたつねって確かめたくなる、みたいな。」
「それで俺にひどいことしちゃうの?」
「そうかも。」
「そういう時は、自分のほっぺたつねれよ。」
「うん。そうだよな。」
「てうかさ、要は、俺の本気を試してんだろ?」
「え?」
「ここまでやっても、俺がおまえを嫌いにならないかどうか。」
「……。」
「それは、俺がおまえを不安にさせてるからだな。」
「そんなことは……。」
その時、バスルームから適量の湯がたまったことを知らせる音が響いてきた。和樹は涼矢の手を引いてベッドから立ち上がらせる。立ち上がっても、和樹はその手を離さない。そのまま自分のほうにグイッとひっぱり、涼矢を抱きしめた。「俺は涼矢がいい。涼矢じゃなきゃだめだから。」
涼矢は和樹を真正面から見た。そして、自分の頬をつねって「とりあえず現実だ。」と言って、小さく笑った。和樹もクスッと笑うと、「じゃ、現実の風呂に入ろ。」と言った。
「わ、広い。」バスルームに入った涼矢の、最初の一言はそれだった。
「そりゃあラブホだし。」
「そう言えば、こういうとこって、男二人でも何も言われないんだな。……って、わぁ、泡だ。」
「泡風呂にしてみました。」
「うわあ。」涼矢は浴槽には入らず、その脇にしゃがみこんで、その泡を触っている。そんな涼矢をスルーして、和樹はさっさと中へと体を沈める。
「どんな感じ?」涼矢が興味津々で聞く。
そんなところに座りこんでいないで、さっさと入って自分で確かめればいいじゃないか。和樹は内心そう思う。そもそも急に発情してホテル連れて行けって言ったの、おまえだろう。さんざん煽っておいて、泡風呂ごときにガキみたいに目をキラキラさせてんじゃねえよ。
和樹は涼矢に手を伸ばす。「さっさと来いよ。」
涼矢は和樹の手をつかんで、おそるおそる入る。「うわあ。」とまた言った。
「上、乗る?」和樹は足を延ばす。その上に座れという意味か。
「やだ。」涼矢は和樹の背後にまわり、和樹を背中側から抱く姿勢をとった。
「俺の意見は無視かよ。」
「背中が好きなんだ。和樹の。」
「何それ。」和樹は笑う。
「背骨と、肩甲骨と。すごくきれいで。」涼矢は和樹の背中に指を滑らせた。
「微妙な褒められ方だな。」
涼矢は和樹の耳の後ろに、そこから肩のほうへと順にキスをした。また耳元に戻ると、「優しくする。」と囁いた。
和樹は顔だけ振り返らせて、涼矢とキスをした。「いいよ、別に。」
「いいよって?」
「今まで通りで。涼矢のしたいようにしていい。」
「でも、和樹が嫌なことはしたくないから。」
和樹は再び前を向く。小さな咳払いをひとつして、言った。「だから、別に俺、嫌がってないだろ?」
「え?」
「さっきだって、痛いかって聞かれたからああ言ったけど、別に嫌とは言ってないだろ。」
涼矢はしばし思案した。「和樹、マゾなの?」それはかつて、和樹が涼矢に放った言葉だが。
和樹は、今度は顔だけでなく、全身を回転させて、涼矢のほうに向いた。「ちげえよ! そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
「りょ、涼矢がしたいことをしてくれるのが……一番……その。」和樹は涼矢の頭を抱え込むようにして抱いた。その勢いで泡があちこちに飛び散る。「だから、おまえにされることは、なんでも気持ちいいから! 痛いとかなんとかは最初だけだから、どうしても無理な時はちゃんと言うから! 好きなようにしろっつってんの!」
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