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第99話 My sweet home ③

「すまない。力及ばず。」 「何がどうしてそういう話に。」 「昨夜と今日と、俺の様子を見ていて、深く感銘したんだそうだ。」 「はぁあ?」 「おまえが! 大事にしろって言うから、それなりにがんばって親父の相手したんだよ! そしたら、こうなっちゃったの!」 「なんで俺のせいみたいに言ってんだよ。」 「俺に、今までとは違う思いやりやら何やらを感じたんだってよ。それで、おふくろに何かあったのかと聞いたら、おふくろが良い友達ができたからじゃないかとか言ったみたいで……。で、その友達に会ってみたいって。」 「何その流れ。」 「そういう人なんだよ。俺のことは何でも知りたいの。」 「おまえのストーカー気質はそこからの遺伝か。」 「やめろよ、気色悪い。」 「おまえが言うな。つうか、断われよ。両親に挨拶するのはおまえを嫁にもらう時でいいだろ!」 「なんだ、いつか挨拶する気があるなら、今日だっていいじゃないか。」 「ふざけてないで、断れって。俺に予定が入ってて無理とか、なんとでも言えるだろう。」 「だって、それじゃ…」涼矢が言い淀んだ。 「なんだよ。」 「それじゃ、今日、和樹と会えないじゃないか。俺は今日おまえと遊ぶんだって言ったら、それならちょうどいいから夕食に招待しろって話になっちゃったんだから。」 「なんでおまえはそう要領が悪いというか……。つまり、親父さんつきで会うか、会えないかの二者択一なわけね?」 「そう。あ、おふくろは仕事でいないから。」 「それはもはやどうでもいい。で、おまえとしてはどっちがいいんだよ。」 「え……。そりゃ、まあ、会えるなら、会いたいけど……でも、なあ。」 「面倒くせえ奴だな。わかったよ。会うよ。会ってメシ食えばいいんだろ。」 「ごめん。」 「で、おまえんち行けばいいの? 何時?」 「……えっと。」また涼矢が口ごもった。 「はっきり言え。決めたからには、俺だって何も文句は言わない。」 「6時半頃、車で迎えに行く。店は7時に予約してあるから。」 「なんだよ、手回しいいな。断ったらどうする気だったんだよ。」 「親父のなじみの店で融通は利くから、そのへんは大丈夫なんだけど……。それでその。」 「ん? まだ何か?」 「ノーネクタイでもいいけど、襟のある服でジャケット着用。スニーカーはダメ。ジーンズはできれば避けて。」 「は?」 「ドレスコードがある。」 「はあ?」 「Zホテルの、メインダイニングだから……入学式用にスーツとか用意してるならそれでもいいし、迷うなら高校の制服で問題ない。あと、当然だけど費用は親父持ちだから心配するな。」  涼矢が口にしたのは県下の、もっとも権威あるホテルにある、高級フレンチの店だった。和樹も名前ぐらいは聞いたことがある。 「ちょっ……。なじみの店ってのはさ、ふつうもっと庶民的なとこじゃないの? 俺わかんねえよ、マナーとか。」 「そういうことを気にする人じゃない。ただ、レストランのランクは下げない。」 「……わかった。文句言わねえって言ったしな。」 「ごめん。」 「謝ってばかりだな。別に怒ってねえよ。俺はただ、おまえに恥かかせたら悪いなって。」 「そんなことはありえない。和樹は、俺よりずっとかっこいいし。おふくろだって気に入ってただろ? きっと親父も気に入る。俺はおまえまで溺愛されることが心配だよ。」 「親子でストーカーは勘弁してくれ。」 「それについては、大丈夫とは言い切れない。」 「……わかった。腹をくくろう。6時半にスーツ着て待ってりゃいいんだな?」 「うん。ホント悪いと思ってる。」 「もういいって。また、後でな。」 「うん。」  和樹は結局、書店に入らないまま、自宅にトンボ帰りする羽目になった。  ……メシ食うのに、スーツだと?  出て行ったと思ったらすぐ戻ってきた和樹を恵は不審がった。和樹はなるべく大げさにとらえられないように恵に事情を話し、制服はまだ処分していないかどうかを尋ねた。 「Zホテルのディナーって……どんなに安くても3万円ぐらいするわよ? ごちそうになるなんてとんでもない!」  予想していた反応だが、恵は断るように和樹にきつく言った。その時、涼矢から電話がかかってきた。出ると、涼矢とは違う男性の声。 「はじめまして、田崎涼矢の父です。都倉和樹くんですか?」と言われた。衝動的に切りたくなったが、そういうわけにもいかない。戸惑いながらも常識的な挨拶をかわす。田崎氏は言う。「いきなりのお電話で失礼とは思ったのですが、きみが困っているのでないかと涼矢が心配していましてね。私から親御さんに事情を説明したほうが良いですか?」  和樹は電話越しにも伝わる田崎氏の圧力にあっさりと負け、スマホを恵に渡した。 「ええ、ありがたいのですけれど、和樹には少し早いと言いますか……お恥ずかしい話ですが、マナーもろくに知らない子ですから、何か失礼があってもいけませんし。」恵は見えない誰かにお辞儀をしながらそんな言葉を繰り返す。が、最後には「そうですか……。そこまでおっしゃるなら。でももし何か粗相がありましたら、遠慮なく叱っていただいて構いませんから。」と言い出した。  つまり、行かせる方向で話はまとまったのだ。

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