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第106話 ピアス⑤

「何その、ファーストとかセカンドとか。」和樹が尋ねた。 「ピアスホールって、結局傷だから、ほっとくとすぐ塞がっちゃうんす。だから最初はファーストピアスっての、穴が定着するまでつけっぱにしなきゃなんす。ファーストピアスはあんまカッコよくないけど、金とかチタンとか化膿しづらいモンでできてるんす。カッコいいおしゃれなヤツは、穴が完成するまで我満っす。」 「ポン太、なんか賢くなったな。」涼矢が3,000円を渡す。「お釣りはお駄賃。」 「あざっす。」ポン太がちょこんと頭を下げる。 「いいな。俺も一緒にピアスしようかな。」柳瀬が耳たぶをいじりながら言うと、すかさず涼矢が「やめろ。」と冷たく言った。 「……このパターンには見覚えが。」柳瀬は何か思いだそうとしている。「あ、卒業式! ネクタイ! おまえら交換してたよな。え、じゃあ、あの時にはもう、その。」  柳瀬はポン太のほうをちらちら見ながら言葉を選んでいるようだったが、涼矢は「うん。その日から正式におつきあい。」とあっさり言った。 「あー、お二人、つきあってんすか。」ポン太は特に驚かない。 「驚かねえの?」柳瀬が弟を新種の生物でも見るように見た。 「あー、別に。俺、この間、ライブの打ち上げで、ファンの子と良い雰囲気になったんすけど、その子、ニューハーフだったんすよ。」 「まさか、おまえも……。」柳瀬はワナワナしている。 「でも、可愛いし、別にいいやと思ったんすけど、別の日にデートすることになって、俺のスッピン見たら、その子、思ってたのと違うって。振られちゃったんす。」 「ポン太のステージメイク、確かに別人だもんな……。目なんか三倍ぐらいになってるし。」柳瀬が呟いた。今のポン太は小さなシジミのような目をしている。 「ひどくねっすか? だって、あっちこそ、()りまくってんじゃないすか。まつエクとかすげんすよ。おっぱいも何か入れてるし。でも、俺はそんなの気にしないのに。」ポン太は預かった3,000円を無造作に尻ポケットに詰め込んだ。「涼矢さんたちも、そこに愛があればいんじゃないすか。じゃ俺、ピアッサー買ってきます。」ポン太が去っていく。 「ポン太は相変わらずだな。」涼矢が言った。 「俺が浪人して、あいつがアレだから親は泣いてるよ。」柳瀬は勝手にソファに寝転がる。和樹はその図々しさに少々腹を立てたが、ぐっと我慢して、ダイニングのほうの椅子に座った。涼矢もその隣の椅子に座る。 「そう思うなら帰って勉強しろ。」 「涼矢ってマジで俺に対して厳しすぎ。」そう言えば、いつも涼矢は和樹には飲み物などを用意してくれるが、柳瀬兄弟に対しては一切そういった心遣いをするつもりはないようだ。 「察しろよ。俺らは残り少ない日々を二人きりで過ごしてるところなんだよ。邪魔するな。」 「ポン太はいいのかよ。」 「ピアス開けたら、帰す。それに。」 「それに?」 「ポン太は可愛いからいいんだ。」 「えっ?」柳瀬と和樹が同時に声を上げた。 「あいつ、可愛いだろ?」 「どこが?」柳瀬が言う。和樹も同じことが聞きたい。 「まっすぐでピュアで裏表がなくて。俺の言うこと何でも聞くし信じるし、今日だって久しぶりに連絡したのに、すぐに飛んできた。そういうところが可愛い。」和樹は自分のことを言われている気がして、微妙な気分になる。 「おまえ、ひょっとしてポン太まで……。」寝転がっていた柳瀬が飛び起きた。 「悪いけど俺はメンクイなんだよ。」 「……なるほど。」柳瀬は和樹と涼矢の顔を交互に見た。  そんな風にだらだらとくだらない話をしていると、ポン太が戻ってきた。 「氷とマジックあったら、持ってきて。」慣れた様子でテキパキと準備する。「どっち先、やりますか。」 「和樹。」涼矢が和樹の肩を押した。 「なななんで。」 「俺がやってんの見たら、おまえ卒倒するかもしれないし。」 「えええええ。」 「男ならバシッと決めろっすよ。」ポン太は逃げ腰の和樹を抑えつけ、消毒を始めた。マジックで印をつける。  ポン太は手際よく二人にピアスホールを開けた。 「全然、簡単っしょ。」 「うん、平気だった。」一通りの作業が終わると和樹はがぜん元気になった。「自分の好きなピアスは、いつごろからつけられるの。」 「あー、人によるけど、最低一ヶ月ぐらいはファーストピアスしなきゃなんで、その後っすね。でも、一ヶ月だと出血したりもするから二、三ヶ月ぐらい見ときゃ間違いないっすね。」 「結構時間かかるんだ。」 「そうなんすよ。俺なんか、ここまでにするの、二年ぐらいかかりましたもん。」ポン太はルーズリーフを得意気に見せた。「途中、血まみれになったり、化膿して耳が大仏みたいになったり、大変だったっす。だから、消毒とかはサボんないでちゃんとやったほうがいっすよ。」  その後、二人に手入れの仕方などを教えると、ポン太はさっさと帰り支度を始めた。 「あれ、ポン太、もう帰んの。」柳瀬が言う。 「おまえも帰るんだよ。二人、つきあってんでしょ。ちったぁ気ぃ使えや。」 「兄に向かって何という口の聞き方。」 「何の役にも立ってねえくせに兄貴面すんなよ。じゃ、涼矢さん、また何かあったらいつでも呼んでくださいっす。オラ、帰っぞ。」ポン太は柳瀬の首根っこをつかみ、出て行った。

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