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第107話 ピアス⑥
柳瀬兄弟が去り、二人きりの空間を取り戻したところで、「おもしろいな、ポン太って。」と和樹が言った。
「ホント可愛いよな。」
「……俺以外の奴のこと可愛いって言うの禁止。言っていいのは、犬や猫まで。」少し前まで涼矢に可愛いと言われる度に抵抗を感じていた和樹だが、いざ他者に向けられると不愉快になる。
「あいつまで嫉妬の対象なの?」
「そうだよ。しかもキャラかぶってるし。」
「誰が。」
「ポン太と俺。」
「どこが。」
「裏表がなくて、涼矢の言うこと何でも聞くし信じるって。」
涼矢は呆れたように笑った。「いっこも共通点なんかないよ。全然違う。」
「さっきの言い方だと、俺とポン太の違いは顔だけだった。」和樹がむくれて言うので、涼矢は更に笑った。
「わかったわかった、もう可愛いって言わない。」お手上げとでもいうように肩をすくめて、涼矢は言った。「可愛いのはこの世で和樹だけ。」
「そう。忘れるなよ。」
「あいつとおまえに共通点はひとつもないけど、一番違うのは」涼矢が顔を近づけてきた。「あいつを見ても性欲は湧かない。」和樹にキスをする。
「ポン太が俺の顔だったら?」
涼矢は立ち上がり、椅子に座る和樹に腕を巻きつけ、もう一度キスした。「それでも、こんなことしたいとは思わない。」
「俺の顔が好きなんだろ?」
「それはそうだけど、顔だけおまえでも、それは和樹じゃない。だから一目惚れもしない。」涼矢は和樹の手を取り、指をからめた。「こういう、指先とか。爪とか。髪とか。細胞のひとつひとつまで、全部和樹じゃないと、だめだ。」
「細胞レベルで愛されてるの、俺って。」
「そう。それで、キスして、セックスして、少しずつ俺と混じり合ってくんだ。」二人は、舌をからめあうキスをした。涼矢は和樹の耳の、つけたばかりのピアスをじっと見つめた。「お揃いのピアスってさ。お互いがお互いを束縛してるみたいで、いいよね。セカンドが楽しみ。」
「格好いいの用意しておくから、取りに来いよ。……俺の部屋まで。」
「うん。」
キスして、セックスして、細胞が、混じり合っていく。
涼矢のそんな言葉が、どこかひっかかった。そういう時には"溶け合う"とか"ひとつになる"って言いそうな気がする。でも、涼矢が口にしたのは"混じり合う"。
二人で抱き合って、熱や、唾液や、愛の言葉や、あらゆるものを交換して、混じり合う。けれど、混じり合うってことは、溶け合ってひとつに同化するのとは違うってことだ。
そうか、俺たちは、溶けるんじゃなくて、混ざるのか。
お互いの性質を保ったまま、お互いを変質させないまま、ただ同じ容器の中で混じり合っていくんだ。
同じピアスでつながりながら、束縛し合って、混じり合っていくんだ。
それを、いいよね。って、涼矢は言った。
……うん、いいな。
「どうしたの、ニヤニヤして。」涼矢が問いかける。
「いや……楽しみだなと思って。お揃いのピアス。」
涼矢はふふっと笑い、和樹にまた、キスをした。
そこからまた甘い流れになっていくかと思いきや、涼矢はすっと和樹から離れた。
シンクにもたれかかるようにして、涼矢は言う。「あなた、お昼ごはんはどうします? 何か作りましょうか? それとも、食べに出ますか?」
和樹はプッと吹き出した。「そこは、ごはんにする、それとも、ア・タ・シってやつじゃない?」
「そう言ったら、アタシを選ぶだろ? 俺はメシが食いたいんだ。」
「ははっ。」和樹は涼矢のもとに行き、腰を抱く。「涼矢は選べないんだ?」
「だーめ。」
「作るの大変じゃない?」
「大変じゃないけど、作る時間考えたら、食べに行ったほうが早いとは思う。」
「コンビニで買ってくるのは?」
「やだ。コンビニ弁当とインスタント食品、嫌い。」
「贅沢な奴め。あのお父上譲りか。」
「トラウマなんだよ。小さい時そればっかりだったから。」
多忙で料理下手な佐江子が、仕事の合間にコンビニ弁当やカップ麺ひとつ置いて出て行く姿が、容易に想像できた。
「じゃ、食べに行こ。涼矢の手料理は美味いし嬉しいけど、いちゃつく時間が減るのは嫌だ。」和樹は涼矢の首にキスをして、涼矢はそれをくすぐったがった。「本当は涼矢がいいけど。」
「それは食後のお楽しみ。」涼矢が色っぽく笑う。
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