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第109話 カウントダウン②

 和樹は涼矢を抱きしめた。「俺もちゃんと言うよ。……俺のこと、好きになってくれてありがとう。」回した腕に思い切り力を込めた。「愛してる。」  しぱらく抱き合った後、涼矢が小声で言った。「ここ、まだ、玄関。」 「靴も脱いでないし。」 「じゃあ、食後のデザートに行きますか。」涼矢が靴を脱ぎ、自室へと向かっていく。 「甘くて濃厚なのがいいな。」その後をついていく和樹が言う。  階段の二、三段上にいる涼矢が振り向き、涼矢を上から見下ろす。「じっくり、時間をかけて味わえよ。」 「やーらし。」と和樹が言うと、涼矢は声を出さずに、ふふん、と笑った。  涼矢の部屋に入ると、カーテンが風にゆらめき、何枚かの紙が床に散乱していた。 「あ、やべ。」涼矢が慌てて紙を拾い集めた。どうやら窓を開けっ放しにしたまま外出してしまっていたようだ。  和樹は狼狽えた。では、午前中の行為の時、窓は開いていたのか? 涼矢の部屋は道路側に面していて、通行人だってそれなりにいるのに?  和樹の視線に動揺を感じ取ったらしい涼矢が、「開けたのは、柳瀬たちが来る少し前だよ。空気を入れ替えようと思って。」と言い、和樹は安堵した。 「もう少しすると、あの桜並木が一斉に開花して。」涼矢は窓の桟に手をついて、上半身を乗り出し気味にした。「風が強い日にこんな風に開けっ放しにしようものなら、部屋の中が花びらだらけになる。」  和樹は涼矢の肩越しに外を見た。涼矢の家の前の街路樹は桜らしい。目を凝らすと既に蕾らしきものが見えたが、まだ固そうで、咲くにはもう少し時間がかかりそうだ。 「早い年は、今ぐらいに咲き始めるんだけど。」 「部屋にいながらにしてお花見ができるな。でも、この様子じゃ俺がこっちにいるうちには咲きそうにないね。ちょっと残念。」  涼矢はそんなセリフを背中で聞いて、すぐに窓を閉め、カーテンも閉め切った。部屋の中が薄暗くなる。そして、何も言わない。  和樹はそんな涼矢を背中から抱いた。「花見でも、海でも、キャンプでも、ドライブでも、ロックフェスでも、これから、いくらでも一緒にできるから。今年できないことは来年すればいいよ。来年できなくても、その次の年に。いくらでもチャンスはあるよ。」  涼矢は黙ってうなずいた。和樹は涼矢の顎に手をやり、後ろを振り向かせて、キスをする。その手は首筋をたどり、背中に沿う。  ふいに涼矢が和樹の手首をつかんだ。「ベッドに、座って。」和樹は戸惑いながら、言われた通りに涼矢と並んでベッドに腰掛ける。「ここで、あの日、和樹に好きだって言ったな。」  その言葉で一気に記憶がよみがえる。 「俺のことが、好きなの?」あの日と同じセリフを返してみた。 「うん。友達としてじゃなく。」  あの時、声も体も震えていた涼矢。ごめんと謝り、忘れてくれと懇願した。もう二度と会わないから伝えたかった、それだけだと、長く伸ばした髪の陰で、涙をこらえて告白してきた。 「俺も好きだよ。」しかし、あの日とは違う和樹の答え。涼矢の顔を包むようにして、キスをする。「涼矢に出会えてよかった。」  涼矢もあの日とは違う。薔薇色に頬を染めて、微笑んでいる。でも、少し泣きそうなのは同じだ。「大好き。」涼矢からもキスを返す。  和樹は涼矢のシャツのボタンを外し始めた。涼矢は和樹の耳たぶのピアスに触れる。露わになった裸の胸に、和樹は口づける。  こんな、自分と変わらない扁平な胸に、俺はいつから欲情するようになった。筋張った長い腕や脚に、自分のそれを絡めたいといつから願うようになった。低音の喘ぎ声に煽られ、自分と同じ性器に貫かれて快感を得るようになったのはいつからだ。  そのすべては涼矢によってもたらされたものだ。そして、そんな風に涼矢を抱きたい、更には抱かれたいと思うようになったからといって、女みたいに扱われたいわけじゃない。ああ、さっき涼矢が言ってた、女の身体を手に入れたいわけじゃないって、つまり、そういうことなのかな。どちらかが女に変質するんじゃなくて、俺は俺のままで、涼矢は涼矢のままで、抱き合って、キスして、セックスして、混じり合っていく。そういう風に、俺たちは、ひとつになっていければ、それでいい。 「ふ……あ……あんっ……。」舌先で乳首を転がすと涼矢が喘いだ。三月の蕾のように硬かったそれが、やがてゆるんで、花開くように膨らみを持つ。男の乳首も性感帯だなんて、和樹は知らなかった。でも、それを教えた涼矢に、舌の使い方を教えたのは和樹だ。  和樹は涼矢の耳から首筋にかけて舐めて行く。耳たぶが赤く染まるようになるほど体温が上がると、そのあたりからいつもとは少し違う香りが漂うことを、涼矢は知らない。  涼矢は和樹の足を開く。そうしないと見えない付け根の際どいところに小さなホクロがあって、涼矢がそのあたりを攻める時には、必ずそこから口づけていることを、和樹は知らない。

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