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第110話 カウントダウン③
二人はお互いの肌をゆっくり撫で、性急に感度を上げようとはしなかった。ひとつひとつを記憶に刻みこむように、確認するように、丁寧に触れる。お互いの足のつま先までたどっては、再び顔を近づけてキスをする。そんなことを繰り返していた。
涼矢がまた和樹のピアスに触れた。「やっぱり、俺がやりたかったな。」と呟く。
「ピアスホール開けるのを?」
「うん。和樹の身体に穴開けて、突っ込めるのは、俺だけがよかった。」
「その言い方はちょっと。」和樹はくすっと笑う。
「俺の和樹に痛い思いをさせるなんて、ポン太の奴、許せねえ。」
「思ったより全然痛くなかったよ。」
「俺だったら痛くないどころか、気持ち良くしてみせる。」
「おまえは何を競ってるんだよ。そもそも涼矢があの子に頼んだんだろ。」
「なんかだんだんムカついてきたんだよ。ああ、ひとに頼まないで、俺がやればよかった。おまえがどんなに嫌がっても。あんまり嫌がるようなら、椅子に縛り付けて押さえつけて無理やりにでも。」
「後半、むしろおまえの趣味だろ。生き生き語ってるぞ。」
「はは、バレた?」
和樹はニヤリとする。「いいよ。」
「へ?」
「そういうの、やりたいなら、どうぞ。」
涼矢も対抗するように薄ら笑いを浮かべる。「本気?」
涼矢の目に淫靡な光が宿ったのを見て、和樹はぐっと唾を飲み込む。「……まぁ、限度はあるけど。」
「だから、和樹が嫌がることはしないって。痛いこともしない。」
「やっべ、なんか俺、おまえのサド心に火ぃつけちゃった?」
涼矢は和樹にのしかかり、両腕を押さえた。「そんなこと言って、冗談にしようとしてる? いいよ、それでも。和樹が選んで。」和樹は言葉に詰まり、何も答えられなかった。「ん? どうする? やっぱり愛のあるふつうのセックスがいい?」涼矢が追い打ちをかける。
「……し、縛るぐらいだったら。」苦し紛れのように、和樹が言った。
「ふ。」涼矢は吹き出すのをこらえているようだ。「無理するな。」
和樹は馬鹿にされたように感じて、涼矢を睨みつけた。「いいって。やれよ。」
「負けず嫌いだなあ。」涼矢は和樹の上から離れた。「じゃあ、気が変わらないうちに。」部屋の中を見渡す。「でも、いざこうなると、ちょうどいいものが……あ。」部屋の片隅には、高校で使っていたサブバッグがあった。その中から取りだしたものは、体操着などを入れる袋。更にそこから、涼矢は紫色の細長い布を出す。「懐かしいだろ、これ。」
「体育祭の時の……?」体育祭ではクラス毎に色分けされたハチマキを使っていた。紫色なのは、それがクラスカラーだったからだ。A組から順に赤や青などのメジャーな色は使われて、二人の属していたF組となるとこんな色になる。それでもE組のピンクよりはマシだと、F組の男子で言い合っていたことを思い出す。
「そう。」涼矢はベッドに再び戻り、和樹の両腕を上げさせる。和樹は抵抗しない。
「青春の汗が沁み込んでいるそれを。」涼矢はその布で器用に和樹の腕をからめとる。
「こんなことに使うなんてね。あ、でも、ちゃんと洗濯はしてあるよ。安心して。」端をベッドのフレームに結んだ。
「安心できるか。つか、このハチマキ、やけに長くない?」
「これ応援団用のタスキだよ。俺、応援団やってたろ。」
「そうだっけ。」
「ですよねえ、ご存じないですよねえ、和樹さんは俺になんか興味なかったですもんねえ。」嫌味たらしく言いながら、涼矢は和樹のすぐ脇に座り、和樹の脇腹や腰のあたりを撫ではじめた。
「……。」和樹はバツの悪そうな顔を浮かべた。
「応援団なんかやりたくなかったけどさ、柳瀬の馬鹿が勝手に俺の名前付きで立候補しやがって。だから弟をちょっとぐらいこき使ったってバチは当たらないんだよ。」
「ちゃんと見ておけばよかったな、涼矢の応援団姿なんてレア。」
「一生懸命応援したよ。和樹のことは。長距離、出てただろ?」涼矢はそう言うと、和樹の乳首を口に含んだ。
「ひ……。」和樹は身をよじる。
「全体の二位だったよね。トップは陸上部の長距離専門だろ。他にも陸上の奴出てたのにそれってさ、格好良すぎて惚れ直したよ。ほら、ね、俺はちゃんと和樹のこと見てる。」言いながら、腰骨からその内側へと、手を滑らせて行く。
「わっ……ちょっ……んっ。」和樹は反射的に目をつぶって、身悶えた。
「すご。途端に反応良いね。」自分でもそう思っていたところに、涼矢に言葉にされて、余計に敏感になる和樹だった。「あんまり早くイカないでよ。せっかくの機会なんだから、ゆっくり楽しませて。」和樹の胸を縦一文字に指先でなぞる。
「涼、おまえ、本格的にサディストだろ。」
「俺はおまえに合わせてるだけ。そう言うなら、おまえが本格的にマゾヒストなんだろ。」涼矢は和樹の股間に手を伸ばすが、周辺だけを撫でて、局所には触れそうで触れない。それでも和樹の体がビクンビクンと波打つ。
「やっぱ無理、外せ、これ。」和樹は、タスキがピンと張り詰めるところまで腕を突きだした。フレームの結び目から両手首までの長さは大してなく、わずかにしか動かせないが。
「嫌だよ。」涼矢が冷たく言い放つ。
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