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第113話 カウントダウン⑥
改めて丁寧にほぐす必要もない。
「挿れていい?」涼矢が聞くと、和樹は喘ぎ混じりに、うん、と答えた。ゆっくりと挿入していく。
「はうっ。」和樹の背が反った。涼矢はその背骨のうねりを眺めながら、和樹の中に埋もれていく。
何往復かした後に「やっぱり、顔、見たい。」と言って、涼矢は和樹の姿勢を変えるように促した。二人はつながったまま、正常位になる。
「涼、好きだよ。」和樹が手を伸ばしてきた。涼矢は上半身を倒して、和樹にキスをする。
キスの最中は目を閉じていた和樹だが、それが終わって目を開けると、涼矢の顔が見えた。
はじめは、怒っているのかと思った。涼矢は口を真一文字に結んで、眉根を寄せ、顔をしかめていた。でも、時折「はあ。」と漏らす吐息は快感を帯びている。すぐイキそうになるのを耐えているのか。もどかしいのか。何か困っているのか。「涼矢、」と話しかけようとして、やめた。涼矢の目に涙がたまっていることに気付いたからだ。下を向くとそれがこぼれてしまうからか、涼矢は倒していた上半身を元の位置に戻し、更に天井のほうを見上げた。
やがて、「くっ」とも「ふっ」ともつかない、小さな声が途切れ途切れに聞こえた。それは喘ぎではなく、嗚咽をこらえているのは和樹にもわかった。それでも涼矢は和樹の中を行きつ戻りつしていて、和樹は快感に喘ぐ一方で、涼矢の異変が気になって仕方ない。和樹は自分の腰にある涼矢の手を握り、指をからめた。それが涼矢のリミッターを振りきらせたかのようなタイミングで、涼矢は上を見上げていた顔を下げて、和樹を見下ろした。頬に涙を伝わらせて。
「どう……。」和樹はどうしたのかと問いかけようとしたものの、涼矢の唇が薄く開いて震えているのを見たら、言葉が続かなかった。
「ごめ……。」涼矢もまた言葉が最後まで言えなかった。中に挿れたまま、動きが止まった。
涼矢は結局、和樹からペニスを抜いた。もう一度「ごめん。」と言い直し、片手で涙を拭う。和樹はそんな涼矢に手を伸ばすが、ぎりぎり涼矢の顔には届かない。涼矢のほうから、顔を和樹の手に近付けて、撫でてくれと言わんばかりに頬をこすりつけてきた。和樹の指が、涼矢の涙を拭った。
「…今…東京に……行かないで……って言えば……。」涼矢は和樹に覆いかぶさるようにして、その両肩に手を置いた。その分の涼矢の重みが和樹にのしかかる。
「そうだな。泣いてすがってそう言ってくれたら、行かないよ。」
「……言わないけど。」きゅっと唇をかみしめる。
「うん。知ってる。おまえは言わないよな。」
また涼矢の両目から涙が溢れてくる。その涙は和樹の頬にぽたぽたと落ちてきた。和樹は黙ってそれを受けた。
目を開けて和樹を見つめたまま、ひとしきり静かに涙を流す涼矢。ようやく泣きやむと滴り落ちて和樹の頬を濡らした涙を、キスで拭った。そんな涼矢を和樹は胸に抱き寄せた。
「正直に言うと、涼矢の、そういうところ、冷たいなって思ったこともある。」和樹は涼矢の髪を弄ぶようにしながら話しだす。「俺のこと好き好き言うくせに、嫉妬もしてくれない、甘えてくれない、淋しいからどこにも行くなとも言ってくれない。……でも、今はわかるよ。俺、泣いてすがって行くなとは言わない涼矢だから、好きになった。おまえはきっと、ずっとそうだったんだよな。誰にも甘えないで、自分の意志で、自分の行動を決めてきた。これからも、そうなんだと思う。それってすげえって思うんだ。最初はもっと甘えてくれたらいいのにって思ってたけど、そうじゃないなってわかってきた。俺、今の、そういう涼矢が好きだよ。」
「そんな格好いいもんじゃないよ。」涼矢はため息をついた。「俺は、加減がわからないんだ。ちょうどいい甘え方とか、嫉妬とか。いつも自分のことで手いっぱいで、和樹のために何かしてあげたくても、何をどうすればいいのかもわからない。」
「今のままでいい。特別なことなんて、何も要らない。」
「そういう気の利いた言葉も、言えないし。本当に俺、何もできない。和樹はいろいろしてくれるのに。」
「そんなことないだろ、俺こそ料理も何もできないし、だらしないし、もう全然ダメ。」
「俺のほうがダメ。」
「いやいや……って。」和樹は笑い出す。「何、この会話。」
涼矢が和樹の胸で震えていた。涼矢も笑っているのかと思ったら、違った。涼矢は、また、泣きだしていた。
「ごめん。そんな風に言ってもらったばかりなのに、俺、和樹に東京になんか行くなって言っちゃいそうだ。言いたくないのに。」
和樹は涼矢にキスした。「だったらこうやって、口、塞いでやるよ。」そして、またキス。涼矢が和樹にしがみついてくる。二人は繰り返し、キスをした。
やがて、和樹は涼矢の口ではなく、他の部分に口づける対象を変えていった。涼矢はもう泣いていない。ため息もついていない。今の涼矢が吐く息は、性的な興奮を帯びはじめていた。
耳元に口づけた時、「さっきの続き、いい?」と涼矢に囁いた。涼矢はかすかにうなずいた。今度は和樹のほうが、涼矢の股間に顔を埋めた。
おまえに淋しさなんて感じさせない。そんな暇を与えなければいい。せめて今日、今この時間だけは。
和樹は涼矢のペニスを咥えながら、自分の同じところを触った。涼矢の喘ぎが頭上から聞こえる。
おまえが何もできないだって? 俺が今感じてる幸せは、ぜんぶおまえにもらったものだよ、涼矢。
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