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第114話 カウントダウン⑦
涼矢が身をよじって悶える。うわごとのように和樹の名を呼ぶ。和樹は口の中のものが充分に屹立しているのを確かめると、涼矢の前に横たわり、挑発的に足を開いた。
「涼、来て。」
「ん。」涼矢が和樹の足の間に入って行く。
「おまえにできることはたくさんあるけど、一番はこれだな。」和樹がニッと笑う。
「馬鹿。」笑っていいのかどうか戸惑ったような複雑な表情で涼矢は呟き、グッと腰を入れる。
「んっ。」和樹は一瞬目をつぶったが、すぐに涼矢の顔を見て、微笑んだ。「超幸せ。大好き。」
「もうしゃべるな。」涼矢は和樹の奥を貫いていった。
ことが終わると、二人は順にシャワーを浴びた。和樹がしばらく横になっていたいと言うので、先に涼矢が、その次に和樹が。和樹が浴室から出てくると、涼矢はコーヒーを淹れていた。
「冷たい物のほうがよかったかな。」と言いながら、カップを渡す。
「ううん、涼矢のコーヒー、美味いもん。あ、今日はマグカップだ。」
「余ってるのがあったから。マグカップのほうが一度にたくさん入るし。」
客用の高級なカップ&ソーサーよりも、カジュアルなマグカップのほうが、身内になれたようで嬉しい。
「明日と、明後日。」壁のカレンダーを見ながら、涼矢が言った。東京に行くまでに残されている日の話だ。
「うん。」
「28日は、何時に出るの。」
「Q駅を8時に出る新幹線だから、こっちを出るのは、7時ぐらいかな。」
「早いね。」
「ああ。引っ越し業者も、家電の配送も、午前中には向こうの部屋に来ちゃうって話だからさ。」
「誰かと一緒に?」
「兄貴。日帰りで、夜には帰るけど。」
「そうか。……見送らないよ。」
「そこはおまえに任せるよ。」
二人はそれきり黙って、コーヒーを飲んだ。マグカップをテーブルに置く音がやけに大きく響く。
「明日と明後日は、どうしようか。今日みたいな感じでいいの?」コーヒーを飲み干し、紛らわせるものがなくなった和樹が、先に口を開いた。
「それが、明日はおふくろ、休みなんだよな。家にいるのか、どこか行くのか、知らないけど。」
「日曜だもんな。てか、弁護士って土日休みなの?」
「事務所に依る。おふくろのところは基本土日休み。でも、土曜日は事務処理で結局出勤してることが多いかな。今日もそれ。」
「ふうん……大変だな。」
「大変じゃない仕事なんかないだろ。」
「大人なご意見。」
「ま、そんなことはいいんだけど。」涼矢が和樹を上目遣いで見た。「どうしよ。」
「このあたりのデートスポットは大体行ったよなあ。」
「じゃあ、行き先決めないで行くか。チャリで適当に走って。明日は天気良いみたいだし。」
「いいねえ、男子っぽいねえ。」
「俺、中学の夏休みにW市まで行ったことあるよ。チャリで。」
「W市って、めっちゃ遠い。」
「片道4時間ぐらいチャリ乗ってて。行きは気分が高揚してるから良いけど、帰りは疲れてるし、モチベーションも下がってるしで、キツかったな。」
「なんでまた、そんなこと。」
「単なるアレだよ、中二病的な。」
「自分探し的な。」
「まあ、そこまでのものでもなかったけどね。その日は朝から塾の夏期講習があったんだけど、すげえ天気良い日でさ。なんでこんな日に、塾なんか行かなくちゃいけないのかな、いやだなあ、海にでも行きたいなあって思って。で、講習サボって、海に行ったっていう。それだけの話だよ。」
「海か。いいな。でも、4時間チャリはキツイな。」
「俺もさすがにアレをもう一度やりたいとは思わない。往復8時間だよ? チャリは壊れるし、ケツはいてぇし、大変。片道1、2時間の手近なところでどう。」
「それぐらいならオジサン頑張れる。」
「オジサンて。俺より若いでしょ。」
「俺の誕生日なんか当然知ってるって顔だな、ストーカー。」
「知ってるよ。バレンタインデーだろ。」
「男がバレンタイン生まれって微妙だよな。」
「そう? 和樹らしいよ。」
「らしいってなんだよ。で、涼矢の誕生日はいつ?」
「7月7日。和樹より7ヶ月ほどオジサン。」
「七夕かよ。」
「そう。」
「てことは、離れ離れになって、めったに会えなくなる運命は、おまえのせいだったんだ?」涼矢はテーブルの下で、向かいに座っている和樹を蹴飛ばした。「いてっ」
恨みがましい目で和樹を睨む涼矢に、和樹はへこへこと頭を下げた。「ごめん、おまえのせいじゃないよ、な。」
「当たり前だ。」
和樹はせめてもの罪滅ぼしのつもりか、自分と涼矢の空いたマグカップを回収し、シンクで洗った。
「今日は佐江子さん、何時に帰ってくる?」
「なんだよその、佐江子さんてのは。」
「おまえのお母様のことだけど?」
「それは知ってるよ馬鹿。人の親をなんで名前で呼んでるんだ、って聞いてるの。」
「この間、お父さんが、佐江子さんとか佐江子とかって呼んでただろ。なんかいいなあって思って。うちなんかママって呼んでんだぜ。ダッサ。」
「夫が妻を呼ぶからいいのであって、よその子が呼んでいいものではないだろ。」
「よその子だなんて言い方、淋しいなあ、俺の、将来の義理のお母様だろ?」
「もしそれを言うなら、義理のお祖母様じゃないのかな。おまえが俺の養子に入るんだから、俺がおまえの親で、おふくろは祖母にあたることになる。」
「なんで俺がこどもなんだよ。おまえ、俺の嫁になるんだから、つまり、おまえが俺んちの籍に入るんだろ。」
「だったら、俺は田崎家の一人息子で、おまえは都倉家の二男なんだから、おまえが田崎に入るほうが妥当だろ。」
「時代錯誤!」
「おまえだって嫁だのなんだの、充分に前時代的。ていうかさ、そういうこと大して考えてない癖に安易に家とか籍の話すんなよ。」
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