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第117話 Sunrise,Sunset ②
「ちゃんと海が見られて、よかった。」涼矢はそう言って微笑んだ。それは、海が見えたことに対してではなく、無事に和樹を喜ばせてやれたことへの安堵の笑みのようだ。
和樹はあたりをきょろきょろと見回して、誰の視線もないことを確かめてから「キスしても?」と聞いた。
「事前に聞くなんて、珍しい。」
「だって、おまえ、外だとそういうの気にするだろ。」
「誰も見てない。……見られててもいい。」涼矢のほうから和樹に顔を近づけて、キスをする。二人の距離は抱き合うほどには近くなくて、涼矢は手を伸ばして、和樹の手を握った。「夕陽のお返し。」
「夕陽……? ああ、あれ。」プールの帰りに、二人でのぼった雑居ビルの屋上。
「それから、美味しいパスタ屋のお返し。」涼矢は背負っていたボディバッグから、何やら出してきた。バッグがやけにパンパンに膨らんでいた理由がわかった。「はいこれ、お弁当。……あれのお返しになるほどのクオリティじゃないか。牛丼屋のおわびぐらいにはなるかな?」
「おわびって何だよ。……えっ、この弁当って、もしかして、涼矢が作ったの?」
「ああ。有り合わせのもんで作ったから、あんまり期待すんなよ。」
「な、な、」
「どうしたよ。」涼矢はレジャーシートまで取り出して、地面に広げた。
「なんなの、おまえ。急に。」
「俺は和樹に何もしてやれないって思ったけど、そこで思考停止してちゃダメだなと思って。少しでもできること、やってみようと思って。全然、足りないけど。」
「足りなくない。全然足りなくない。200%だろ。何これ、超嬉しいんだけど。俺どうすればいいの。嬉ションしそう。」弁当の包みを持って、和樹は熱弁をふるった。
「嬉ションはやめろ。で、つったってないで座れよ。」
「はい。」和樹は弁当をシートに置くと、涼矢の隣に正座した。
「正座もやめろ。」
「うん。」和樹は足を崩した。
弁当の包みを開けると、おにぎり、玉子焼き、唐揚げ、ウィンナー、茹でたブロッコリーにプチトマト…と、定番のものがぎっちりと詰められていた。
「すっげ。美味そう。」
「これがシャケ、これが高菜めんたい、こっちはツナマヨ、あと、丸いのはおかかチーズ。」
「おかかチーズ?」
「うん。美味しいよ、プロセスチーズに醤油垂らしたおかかを和えて……」
「涼、もう、お母さんって呼んでいい?」
「おふくろが佐江子さんで俺がお母さんかよ。ややこしい。」
「お母さんは俺の嫁。」
「大いなる誤解を招くだろ、それ。」
「涼。」和樹は涼矢の後頭部に手をやり、頭を引き寄せた。そして、口づけをする。「大好き。」
「ん。」
「ありがとな。」
「ん。」涼矢は恥ずかしそうにうつむいた。「もういいから、食おう。つか、食べて。」
二人は海を遠くに眺めながら、弁当を食べた。
「すげえ美味しい。」と和樹が言うと、涼矢は嬉しそうにうなずいた。「おかかチーズ最強だな。」
「梅干しおにぎりはやめたんだ。本当は、疲れた時にはあれが一番いいんだけど。」
「あ、俺、梅あんまり好きじゃないんだよね。だから、なくて良い。」
「……だよな。」
「……。」和樹はおかかチーズおにぎりを手に、固まった。「なんで俺が梅干しが苦手って知ってるんだって、聞くべき? 聞かないほうがいいっていうアラームが、俺の中で爆音で鳴っているのだけれども。」
「部活の時……おにぎりの差し入れがあっても梅は絶対選ばないし……コンビニ弁当でも梅干し残してたし……。カリカリ系も、しわしわ系も好きじゃないんだなぁって思ってて……。」涼矢は鼻の頭を掻く。「うん、我ながら、気色悪いよ。わかってる。」
「ふはっ。」と和樹は盛大に吹き出した。「俺、おまえのこと好きになって良かった。そうでなければ、単なるサイコホラーだっつの。」
「そこまで言われると、さすがの俺も少々傷つく。」
「あっ、ごめん。ごめんなさい。あの、前半重視で。おまえのことを好きになって良かった、ってところを。」
「やだ、許せない。言っていいことと悪いことがある。」涼矢は真顔だった。
「許せよ。本気で言ったんじゃないよ。わかるだろ?」和樹は焦った。「どうすればいい?」
「体で払ってもらおうか。」涼矢はプチトマトをひとつ手にすると、和樹の口の中に押し込んだ。「町に降りたら、俺がもういいと言うまで、つきあえ。」そこでニヤリと笑う涼矢を見て、和樹は、涼矢がそもそも本当に機嫌を損ねていたのも怪しいものだと思う。
和樹はトマトを咀嚼して飲みこむと「仰せの通りに。」と言った。
二人はそれからまた弁当の続きを食べた。食べ終わった後も、しばらくそのまま、海を眺めていた。
「中学の自分探しでは、海で、何か見つかった?」
「何も。」
「そっか。」
「こんなとこまで来たって、特別な答えなんかないんだってことが、わかっただけだった。だからもう、ジタバタするのはやめようって思った。」
「ジタバタ、してたんだ?」
「してたよ。柳瀬お勧めのAV見たり、告白してくれた子とお茶飲んだり。逆に、おふくろので化粧してみたり、スカート履いてみたり。でも、全部違ってた。」
「ああ……。おまえ、その頃、好きな奴がいたんだろ?」
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