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第127話 Orange sky , Blue sea ⑦
「身も心も?」半身だけ起こして、和樹は笑いながら言った。
「はい。身も心もすべて捧げます。」
「人生も捧げる?」
「もちろん。」手を握ったまま、涼矢は和樹を見上げた。
その手を、和樹は軽く払った。「要らないよ、そんなもん。」
涼矢は、えっ、という顔をした。
和樹はベッドの上に座りなおしてから、改めて涼矢の手を、両手で包み込むように握った。「おまえは下僕じゃないし、俺は王子じゃない。俺とおまえは対等で、おまえの身体も心も、おまえのものだよ。俺だってそうだよ。人生だって別々だよ。ただ、俺は、おまえと同じ方向向いて、お互いのことを想いながら歩いて行きたい。そういう風に好きだって言ったら、いや?」
涼矢は真顔になる。和樹の言葉を真剣に受け止めて、考えている。「……いやじゃないよ。そう、そうだね。そういう風に好きって……すごく、嬉しい。なんか、プロポーズされたみたい。あ、そんな風に思ったら図々しいか。」
「『味噌汁作ってくれ』よりはだいぶマシだろ?」和樹はベッドから身を乗り出し、涼矢に口づけた。「好きだよ。」
「ん。」涼矢は嬉しそうに微笑んでうなずいた。
「おまえが俺のこと好きって言い続けてくれる限り。」
「ん。」
「というのは、撤回。」
「え?」
「おまえがいつか俺に飽きても、嫌いになっても、俺はおまえが好きだよ、涼矢。」
「そんなことあるわけ」ないだろう、と言いかけて、ぐっと唇を噛む。泣き出してしまいそうだったから。
「好きだよ、涼矢。」そうやって力のこもって固く閉じている涼矢の唇に、和樹はもう一度自分の唇を重ねた。反射的に涼矢の唇がゆるみ、同時にこらえられなくなった涙が一筋零れ落ちた。「今日は泣かないって決めてたのに。」それでも一粒二粒流しただけで、なんとか耐えた涼矢だった。
「泣かずに送り出してくれようとしたんだね、涼矢くんは。」和樹はよしよしと涼矢の頭を撫でた。
「茶化すなよ。」
「そうしないと、俺だって泣きそうなんだから、しゃあねえだろ。」
涼矢は泣き笑いのような表情で、ぷっと笑った。「カッコつけちゃって。」
「おまえだって。」和樹はもう一度よしよしとすると、「涼矢にお願いがあるんだけど。」と言い出した。
「何?」
「なんかメシ作って。涼矢の手作りの何か、食べたい。」時刻は昼を少し過ぎていた。
涼矢は今度は呆れたように笑った。「味噌汁作れと大して変わらないじゃない。」
「あ、ほら、昨日、お母さんが食べ損ねたやつ、冷蔵庫にまだあるんじゃないの。」
「あれは、おふくろが弁当に詰めて職場に持ってっちゃった。」
「そっかぁ。」和樹は涼矢の顔色を伺うようにちらちらと見た。
「はいはい、何か作りますよ。期待せずお待ちください。」
Tシャツと短パンを身に着けて、部屋を出ようとした涼矢に、和樹は話しかける。「もしかして、牛丼屋に行くつもりだった?」
「いや。」
「どっか美味しいイタリアン?」
「いや。」
「デリバリー?」
「いいや。」
「だって今日、俺来るのわかってただろ。」
涼矢は、ベッドに腰掛けていた和樹のところまで戻ってくると、腰をかがめてその耳元に囁いた。「メシ食うのも忘れるほど、セックスに溺れる予定だった。」
絶句する和樹を尻目に、涼矢は部屋を出て行った。……と思うと、すぐに戻ってきた。「俺がメシ作ってる間、午後の部に備えて、シャワーでもしてれば?」言いながら、箪笥を物色し始めた。
「はいはい。」和樹は気の抜けた返事をする。
「これ、おまえがうちに泊まった時に置いてった。」手渡されたのは和樹のパンツだ。そう言えばあの日、新品のパンツを貸してもらった。
「さすが風呂上がりにはパンツ替えたい派だな。あ、俺、あの時の新品パンツ、返さなくちゃダメ? 今日履いてるのは違う奴なんだけど。」
「いいよ、やるよ。俺だと思って大切にしてくれ。匂い嗅いでもいいぞ。」
「でも、あれ新品だろ。そういう目的なら、涼矢が履いてる奴じゃないとダメなんじゃない? つか、おまえ、これ、もしかしてそういう……」和樹は自分の手にしたパンツを凝視する。
「いや、おかげさまでここのところはほぼ毎日のようにヤッていたので、特にそういう用途には使うヒマがなかった。それはきちんと俺が心を込めて手洗いしてやったから安心しろ。それよりも、おまえがそんな変態チックな発言してどうする。そういうのは俺の専売特許だ。」
「ついに自分が変態だと認めたな。」
「否定したことないけど。」
「……そういやそうだ。」和樹はふふふ、と、こみあげてくるおかしさに笑い出した。涼矢って、変な奴だ。
「何だよ、変な笑い方して。じゃ、俺、作ってくるから。」涼矢は一足先に階下に降りて行く。
涼矢って、変な奴。そんなことは、今更のことだ。つかみどころのない涼矢。最初から「変な奴」だと思っていたじゃないか。話しかけてもろくすっぽ返事しない。真面目だけど、愛想がない。何を考えているのかわからない。
今は、わかる。少なくとも、涼矢がどんなに俺を大事に思ってくれているかは。それだけわかれば、後のことなんて、大した問題じゃない。
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