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第130話 光射す、その先の。②

「え?」 「新刊を読ませてもらうってことで、初めてこの部屋に呼ばれただろ。」 「それ、逆だな。ここに呼ぶ口実に、新刊を買った。ちなみに俺、あの漫画、1ページも読んだことないんだよね。おまえに持ってる?って聞かれて、つい持ってるって答えて、辻褄合わせるために買ったのが最初。その後も引くに引けなくなって新刊出るたびに買ってた。」 「マジか。」 「俺、バスケには1ミリも興味ねえからな。」  言われてみれば、あの日渡された新刊は帯も真新しく、書店カードも挟まれたままで、読まれた形跡はなかった。それは涼矢の几帳面さから来るものだと思っていたが、そもそも読んでいなかったのなら、当然だ。涼矢が作品の内容について話すのを聞いた覚えもない。それを特に妙だとも思わずにいた。何故なら、読んだ感想を語り合うほどには親しくもなかったからだ――あの日までは。 「でも、あれ、最初に借りたの、入学して割とすぐの頃だぞ? しかも、えっと、今、20巻超えてるよな? それ全部買っておいて、読んでねえの? 1冊も?」 「読んでない。」 「マジか。もったいねえ。」和樹は繰り返した。 「新刊出るたびに、和樹と会話する口実ができたから、別にもったいなくはない。欲しいならやるよ、全部。」 「要らねえよ。」和樹は本棚に目を移す。借り損ねた最新刊の25巻を含め、きれいに並べられていた。「読みたい時にはおまえに借りるから、これからも新刊出たら買っておいて。そんで、おまえも読んで。すげえ感動するから。」和樹は涼矢の頭を撫でるようにしてから、髪をくしゃっとつかんだ。「俺、おまえともっといろいろ話せたはずなのにな。話しておけばよかったな。でもさ、そんな話、これからだっていくらでもできるし。まずは、その一歩として、それ読んでよ。で、感想とか教えてよ。俺は自炊がんばって、涼矢に料理のコツとか聞くし。そうやってさ、なんか、共通の話題みたいなの、いっぱい、作っていこ。」  涼矢は少し照れくさそうに笑って、うなずいた。 「で、自分で脱ぐ? 俺が脱がせる?」和樹が唐突に言った。 「いきなりだな。」涼矢が笑う。「脱がせて。」 「了解。」涼矢はTシャツだったので、和樹は裾を持つとそのまま勢いよく真上にすぽんと脱がせた。 「色気のない脱がせ方。」 「どうせやることは一緒だろ。……って言うと、情緒がないって言うんだろ、どうせ。」 「わかってるなら、ちょっとは考えろよ。」 「情緒とかムードなんて、倦怠期になってから考えりゃいいんだよ。ほら、こっちの足、上げて。」言いながら、和樹は涼矢の短パンを足から抜き取った。 「スイミングスクールの更衣室にいたな、こういうガキンチョ。お母さんに着替え手伝ってもらってる奴。」 「ああ、いるよな。女子更衣室に父親がいるのはダメなのに、何故か母親が男子更衣室にいるのはOKなんだよなあ。」 「そうそう。」 「はい、涼矢くん、お着替えできましたよ。」 「着替えてねえだろ。単なる全裸(マッパ)だろ。ほら、おまえも脱げ。」 「え、脱がせてくれるんじゃないの。」 「俺は準備があるんで。」 「準備?」  涼矢はサブバッグから例のタスキを取り出し、和樹の目の前でほどいて、だらりと垂らしてみせた。「後でやっていいって言ったよな?」 「えっと、あの、涼矢くん?」 「言ってたよな?」 「……はい。」 「じゃ脱いで、ベッドの上へ。」  和樹は不承不承ながらもその指示に従った。 「手、上げて。」  それにも従った。  その様子を見ていた涼矢がタスキを構えて一歩だけベッドに近づいて、止まった。「でも、本当に嫌なら、やらない。」  和樹はおずおずと答えた。「……嫌、かも……。」 「わかった。やめる。」涼矢は淡々とタスキを巻き直しはじめた。 「ちょ、いいのかよ。」和樹のほうが慌てて上体を起こす。 「嫌なんだろ?」 「絶対、どうしても、何が何でも嫌ってわけじゃ……。」 「絶対、どうしても、やってほしいならやるけど。」 「いや、それはない。」 「だったら、やらない。」涼矢は巻き終わったタスキをパソコンデスクに置いて、身一つでベッドのほうに向かった。「なんて顔してるんだよ。」 「ど、どんな顔?」 「拍子抜けした顔。」 「……拍子抜けしてるからな。」  涼矢の表情は読みとれない。怒っているわけではなさそうだが、上機嫌とも言い難い。そんな表情のまま、和樹に腕を回す。「いいよ、ふつうに、しよ。」そう耳元で囁いて、和樹の上体をゆっくりと押し倒した。そして、優しくキスをする。 「本当は縛りたい?」  涼矢は答えずに、ただ、口角を上げて笑顔を作っている。だが、笑っているようには到底見えない。 「だから、別にいいよ、やっても。」 「やらないよ。」涼矢はそう言って、和樹の首筋にキスをする。 「なんだよ、やるっつったり、やらないっつったり。」 「うるさいな。」唇に戻ってキス。何か言おうとして開きかけた和樹の口を塞ぐように、もう一度キスをして、今度は舌も入れる。「もう、余計なことしゃべらないで。」 「なっ」また、塞ぐ。更に、起き上がろうとする和樹を押しとどめた。 「和樹が何が何でもしてほしいことだけ言って。俺がしたいかどうかなんて、どうでもいいんだよ。俺を言い訳にしないでくれる?」  俺が涼矢を言い訳にしてる? なんだよそれ。涼矢の気持ちはどうでもいいってのも、納得いかない。それじゃだめだろ。俺は嫌だよ、涼矢の気持ちに応えたいよ。だから、俺は涼矢がしたいことならいいと言った。そして、涼矢は俺の望むことをすると言う。  お互い言っていることは同じ「相手の望みを叶えたい」ってことなのに、どうしてこうも上手くいかないのか。俺が悪いのか? どうすればおまえは満足するんだよ。  そんなことを考えている内に、涼矢の舌は首筋から胸、腹へと徐々に下降していった。未消化の思いを抱えながらも、和樹の体はその刺激に昂められていく。涼矢が舌での刺激に加え、下腹部を手でさすりはじめると、一気にその熱が上昇した。  気持ちいい。いいけど、嫌だ。こんな風に、俺だけ良くなっていくのは、嫌だ。

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