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第134話 光射す、その先の。⑥
知り合ってから告白されるまでの三年弱、俺は涼矢を、無表情で無愛想で、真面目なのはいいけれど、さして面白味のない奴、ただし音楽と漫画の趣味は俺と似ている。そういう人物としてとらえていた。
けれど付き合い出してからはどうだろう? 結構しょっちゅう赤面するし、意外とよく笑うし、泣きもする。真面目は真面目だけど、冗談だって言うし、いわゆる堅物ではない。音楽と漫画の嗜好は、全然違うとは言わないまでも、似ているのはごく一部だったようだ。つまり、それまで勝手にイメージしていた涼矢像とはだいぶ違っていた。さらに新たに知ったこともある。良く食うこと。意外と手先が器用なこと。大人の前では礼儀正しく、お坊ちゃんらしいふるまいを身につけていること。トラウマを自力で乗り越える強さを持ち合わせていること。それをひけらかさない謙虚さもあること。しかしながらストーカー気質で、ちょっと変態で、時にサディストでもあること。かと思うと、やけに甘えてきたり、素直で可愛い時もあること。そんな風に、会うたびに新しい涼矢と出会ってきた。そのどれをもって「いつもの涼矢」と言えるだろう。
でも、どんなに新しい涼矢が顔を出しても、最初から一貫して変わらないことがひとつだけある。
俺を好きでいてくれること。
いつか俺に飽きても、嫌いになっても、俺は涼矢が好きだと思うし、そう伝えた。でも、本音を言えば、涼矢が本気で俺に飽きたり、嫌いになったりするわけがないと思ってる。矛盾してるし、どれだけ傲慢なのかと言われてしまいそうだけれど、俺にとっての「いつもの涼矢」は、俺のことが好き、な涼矢で、俺は結局その涼矢が好きなんだ。
和樹は顎を涼矢の肩に載せ、耳元に頬をすりよせた。「めちゃくちゃ好きだよ。俺だって。」
「俺のほうが好きだ。」
「どうかな。」
「下積み生活が長いし。」
「下積みって、ストーカーしてた期間のことか?」
涼矢は振り向いて、和樹の鼻をつまんだ。「東京に行けば逃げきれると思うなよ?」
「おまえが言うとシャレになんねえな。」和樹は涼矢の手を払い、涼矢の鼻をつまみかえした。それからお互いの顔を寄せ合い、キスをした。涼矢がベッドに上ってきて、二人は正面から向き合って、キスを繰り返した。
「逃げたりしないよ。」和樹が言う。「ずっとそばにいる。」
「明日遠くに行っちゃう奴が、何言ってんの。」涼矢が苦笑した。
「心の問題を言ってるんだよ。」
「和樹らしからぬセリフだな。」
「おまえ、ひどいね。ひとがせっかく良い感じのこと言ってるのに。」
「はは、悪い悪い。」
「……泣かないようにしてる?」
涼矢が微妙な笑みを浮かべる。「泣かせたいわけ?」
「いいや。泣かれるのは俺も困る。」
「じゃあ、俺の努力を無駄にするな。」
「でも、ちょっと泣かせてみたい気持ちもある。」
「なんだよ、そっちこそひどい。」
「好きな子ほど泣かせてみたくなる時、あるでしょ?」
涼矢はニヤリとした。「ないよ。」
「どの口が言うんだか。」和樹は涼矢の唇に触れる。
「俺はいつも和樹を喜ばせたい一心だよ?」
「ああ。」和樹は涼矢に口づける。「それは、知ってる。」
涼矢の目が、和樹から外れた。窓のほうを見ている。「もう、夕方だな。」カーテンは閉めてあったが、隙間から差し込む光の色でそうとわかったようだ。
「俺、今日は遅くなるって言ってきちゃったんだけど。何時頃までいていいの?」
「いつまででもいいけど。それでついうっかり寝坊して新幹線に乗り遅れればいい。」
「……質問を変えるよ。夕飯一緒に食ったり、食後のセックスもできるぐらいの時間はあるの? つまり、佐江子さんは何時に帰ってくるの?」
「10時頃だと思う。」
「遅いんだね。忙しいのな。」
「俺が今日は10時までは帰ってくるなっつったからな。」
「は?」
「今日ぐらいは恋人との別れを惜しませてくれてもバチは当たらないだろ。」
「そうと知ったら、心配でむしろ早く帰ってくるんじゃないの。」
「今更心配するかよ、あの人が。」
「でも、俺にはおまえのこと傷つけないでくれって言ってたぞ。」
涼矢は意外そうな顔で和樹を見た。「へえ、たまには殊勝なことを言う。」
「そういや、柳瀬も言ってた。大事にしてやってくれって。」
「誰を?」
「涼矢をだよ。」
涼矢はポカンとした。心底予想外の言葉を聞いた、という表情だ。
「おまえ、俺が他人からの好意に鈍感だって言ってたけど、おまえも相当だよ。つか、相手が俺だってところが、みなさん不安なのかもだけど。」
「……。」
「大事にするよ。」和樹は涼矢の肩に手を置いた。「大事にする。」ともう一度念を押すように言う。
「もう、されてるし。」涼矢は微笑む。
「本当にそう思う?」
「うん。」
和樹は涼矢を抱き寄せる。「好きだよ。」
「うん。」
涼矢をベッドの上に横たわらせて、キスをした。
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