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第136話 光射す、その先の。⑧
「今日って、一日で何回ヤレるかに挑戦してるみたい。」結局和樹にされるがままになっている涼矢が言った。
「サイコーだろ。」
「うん、サイコー。」涼矢が和樹にからみつく。和樹がそれに応えて、二人は抱き合い、キスを繰り返した。そのうち和樹が腕枕をするような体勢になって落ち着いた。
「前の彼女とさ。綾乃じゃなくて、その前の。……あ、元カノの話とか、嫌か。」
「そこまで言ってやめられたら余計に気になる。」
「……その、元カノがさ、一人暮らしだったから、それをいいことに毎日その子の部屋に通って、毎日、してたわけ。」
「最低。」
「ホント、最低だった。俺さ、初めての時、処女と童貞だったもんで、あんまりうまくいかなかったんだよ。その後も何回かチャレンジしたけど、結局いまいちのままで。その後につきあったのが、その、ヤリまくりで。その時は、相手が年上で経験豊富な子だったんで、俺としては、手ほどきを受けたみたいな感じだった。でもま、結果的にセフレ扱いしたみたくなっちゃって。もちろん俺はそんなつもりはなかったんだけど、まあ実際、それしかしてなかったからね。愛想尽かされて追いだされた。」
「聞けは聞くほど最低。」
「だから、さすがに俺も反省した。次に付き合う子は大事にしようって。いや、どの子も大事にしてたよ? けど、まあ、そういう、セックス面のことはね、正直自分本位だったなって。その後につきあったのが綾乃。彼女とは反省の甲斐あって、なんつうか、身も心も相性が良かったんだけど。」
「川島さんの話はやっぱりキツイな。本人知ってるだけに。」
「ごめん。でも、ここからが重要なの。俺は相性が良いからつきあってて楽だと思ってたけど、綾乃は違ってた。俺が楽だと思ってたのは綾乃が我慢してたからで、その上で関係が成り立ってた。でも、俺はそのことに気がつかなかった。」
「……言いたくても言えなかったんだろ。おまえのことが好きだから、気を使って。」
「いや、言わなきゃ分かんないならもういい、って見限られたんだよ。あっちの中では別れが決定事項になった時になって初めて、いかに俺が馬鹿だったかをつきつけられたってわけ。でも、おまえは言ってくれるからいいんだ。俺には、おまえみたいなのが合ってる。」
「川島さんは次があるからな。彼女ならおまえより良い男なんかいくらでもつかまえられるだろ。」
「あ、今、なにげに涼矢は俺しかいないって言った?」
「……言ったね。」
「俺より良い男、いくらでもいるのに?」
「川島さんにとっての良い男、って話だよ。」
「涼矢にとっては?」
「おまえしかいない。おまえしかいないから、良いも悪いもない。最低だけど最高で、どうしようもない。」
和樹は一瞬唖然としてから、涼矢を全力で抱きしめた。「もう、この子ったら、ホントに、なんでそういうことを真顔で言うかな。」
「どんな顔していいかわかんねえんだよ。」
「エロい顔して言って。」
「どういうの。」
「さっきしてた。」
「さっきってどの。」
「俺の精液かけられてた時。」
「やっぱ最低。」涼矢は言葉の上ではそう言いながら、「その時」と同じような表情に変わり、和樹に顔を近づけ、あと数ミリで唇が接するという時になって「次は、顔にかけていいよ。」そう囁いて口づけた。
「俺は体目的でおまえが好きなわけじゃないよ、という話をしようとしてたんだけどね……。」
「俺は構わないよ、体目当てでも。それで和樹をつなぎとめられるなら。」涼矢はもう一度和樹に口づける。ねっとりと舌をからめる、濃厚なキス。
「だから、俺はおまえとセックスできなくたって、好きだよ。」和樹からも同様のキスをする。
「嘘つき。」涼矢の手が和樹の硬くなりかけているペニスに触れた。
「嘘じゃないよ。なんだったら、ここでやめてもいいよ。」和樹が涼矢と密着していた体を離そうとする。涼矢はその背中に手を回して、離すまいとした。
「馬鹿、やめるなよ。」
「……初めてだな。」
「何が。」
「おまえが、そんな風に俺を力で引きとめること。」
「そう?」
「そうだよ。」
「うっとうしい?」
「うっとうしくない。可愛い。ヤリたい。やろ。」
「ん。」涼矢のキスを合図に、二人はまた、肌を重ねた。時間の許す限り何度も。
何度も。
お互いの肌に触れ、喘いだ。それに夢中になっている間は時計の針が進まない気さえした。
だが、容赦なく夜は来る。
和樹がぼんやりと時計を見た。
「夕飯、食い損ねたな。でもあれか、おまえは、メシ食うのも忘れるほど、セックスに溺れたいんだったっけ。」
「ん。」うつぶせで大の字になっている涼矢がうめく。
「腰いてえ。」和樹は腰をさする。
「ん。」
「かなり溺れたと思うんだけど。」
「ん。」
「もうすぐ佐江子さんのご帰還ではないのかな。」
「ん。」
「おい、生きてるか?」
「ん。」
「俺のこと好き?」
「ん。」涼矢はあおむけになった。「大好き。」
和樹は涼矢にキスをして、「シンデレラは、そろそろ帰らないといけない。」と言った。
「はあ。」涼矢は声に出してため息をついた。
和樹はベッドから降りて、服を着始めた。
「シャワー、いいの?」
「いい。だいたいタオルで拭いた。」
涼矢ものろのろと起き上がり、服を着た。「死にそうだ。」
「ヤリ過ぎでか。」
「淋しくてだよ。」
「俺もだ。だから言うな。」
「淋しい。」
「言うなって。」
「淋しいよ、和樹。」涼矢は和樹にしがみつく。「淋しい。」
和樹は涼矢を抱きしめ、その唇にかみつくようなキスをした。それから、涼矢を優しく引きはがす。
和樹も、涼矢も、泣きはしなかった。
和樹はバッグを手にした。二人は無言のまま階段を下り、あっという間に玄関にたどりついた。
「明日、何時だっけ。」
「新幹線は8時少し過ぎの。でも、見送らないでいいよ。泣いちゃうし。」和樹は笑った。
「……気をつけて。」
「電話するし、たまには。」
「毎日でもいいよ。」
「苦手なんだろ?」
「和樹だからいい。」
「おまえ、俺のこと甘やかし過ぎ。」和樹は微笑み、それから片手を軽く上げた。「では、しばしのお別れ。」
和樹は上げていた手を、今度は涼矢に差し出して、二人は握手をした。和樹は握手したまま、その手をひっぱって、涼矢を抱き寄せた。「愛してる。忘れるな。」
「うん。」涼矢は唇を噛みしめた。
和樹はドアを開けた。
ドアが閉まる音を背中で聞いた。
自転車にまたがった。
振り返らずに、家に向かって、漕ぎだした。
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