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第3話 宴のあと③

 宮野の近くには行きたくなくて、彼から離れた席を探していると、津々井奏多と目があった。水泳部の部長を務めていた津々井の周囲には、男女問わず水泳部員が固まっている様子で、良く知った顔が並んでいた。津々井は顎をしゃくって、こっちに来いという仕草をした。涼矢と二人でそこに向かっている間に、津々井は周囲に声をかけ、津々井の隣と向かいの席、二人分のスペースを空けてくれていた。 「また、二人一緒か。」と津々井が言った。津々井には、先日のデートの時に目撃されている。水泳部内では和樹と涼矢はライバル関係にあり、仲が悪いというわけではないが、二人だけで親しくすることもなかったから、津々井はそれを不思議に思ったようだった。デートの件はうまくごまかしたつもりの和樹だったが、今日もまた津々井に指摘されてしまったところを見ると、和樹と涼矢の関係の変化は、そこまであからさまに言動に表れているのだろうかと不安になった。 「うん、ちょっとね。」和樹は、それが変なほのめかしに聞こえないように気を付けながら軽く答え、津々井の向かいの席に座り、それ以上の質問を続ける間を与えないうちに隣にいた水泳部仲間に話しかけた。涼矢は涼矢でいつもの無表情に徹して、津々井の隣に座った。そのテーブルには、水泳部女子で、和樹や涼矢と同じクラスでもある堀田や桐生もいた。彼女たちは既に大声で盛り上がっており、時には前で歌っている声に合わせてサビを一緒になって歌いあげたり、手拍子を取ったりもしていたから、和樹たちがそんな風に入って行ってもとりたてて悪目立ちする様子はなく、二人が同時に来たことを気にするのも津々井だけのようだ。和樹はひとまず涼矢との仲に違和感を覚えているのは、今までの和樹たちのことをよく知っていて、なおかつ観察眼の鋭い津々井だけなのだろうと判断した。それならばなんとでもなる。奏多はそういうことで必要以上に騒ぎ立てるタイプではない。  そんな風にして二、三曲聴いた頃だろうか、津々井が涼矢に耳打ちをした。その瞬間に涼矢が飛びあがるようにして立ち上がった。これにはさすがに周囲が驚き、涼矢に視線が集中した。「なんでもない。」と言いながら、涼矢は足早に部屋を出ていった。 「なんでもないようには見えないよね。」とすぐ近くにいた堀田たちがコソコソと言いあっている。一番そう思っているのは和樹だった。津々井のほうに目をやると、目をそらされた。説明するつもりはないようだ。だが、ここで自分が涼矢を追いかけたら、更に注目を浴びるに違いない。和樹はじっと耐えた。  しばらく待っても涼矢は戻ってこなかった。和樹は適当な雑談を続けたり、歌に合わせて手拍子したりして過ごしていたが、気が気ではない。津々井は相変わらず目を合わせようともしない。ついにしびれを切らして、津々井の隣、さっきまで涼矢が座っていた席に移動した。 「おい、何を言った。」 「おまえには関係ないことだと思うよ。」目を合わせないまま言ったその言葉は、内容とは相反して「確実に和樹と関係する話だということ」を示唆していた。「気になるのか?」  和樹は言葉に詰まった。そうだとも違うとも言えなかった。その瞬間、和樹のスマホがポケットの中で振動した。ちらりと見ると涼矢からのメッセージのようだ。津々井からは見えない角度で和樹は画面を見た。 [首筋に跡がついてるって言われて] [トイレで確認してた]  反射的に津々井を見た。津々井はやっと和樹と目を合わせた。そして、(もうわかっただろ?)とでも言いたげに、でも、何も言わずにうなずいた。  和樹も黙っていた。すると、また振動が来た。 [本当にあったんだけど] [どうしたらいいの、これって]  和樹はためいきをついた。俺としたことが油断していた。綾乃の時には気をつけていたのに。 「あいつ、女いるの?」と津々井が言った。和樹が曖昧に笑って首を横に振ると、津々井は「まさか、おまえじゃないよな?」と探るように言った。 「んー。」和樹はどちらともつかない声を出す。否定しなければイエスと思われる状況であることはわかっていた。津々井は動揺を隠すように、目の前のコーラをごくごくと飲んだ。和樹はドリンクを持ってくるのを忘れていたことに気がついた。この店はフリードリンク制で、ドリンクバーは廊下にある。「俺、ドリンク取ってくる。」と言って立ち上がった。

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