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第4話 宴のあと④
和樹は廊下に出て、店員に声をかけ、熱いおしぼりを数本もらってから、トイレに向かったが、涼矢はトイレではなく、廊下のつきあたりにある煙草の自動販売機の前で所在無げに立っていた。
「これで、少し、温めてみて。ちょっとは薄くなるかも。」和樹はおしぼりを渡す。改めて涼矢の首筋を見ると、そこには確かに赤い痣、キスマークがあった。涼矢は言われた通りに、首筋におしぼりをあてた。
「悪かったな。」と和樹は謝った。
「いや。」涼矢は首を横に振る。「部長に何か言われた?」涼矢は津々井のことを無意識に部長と呼んでいた。
「うん、まあ。でも、あいつは大丈夫だろ。騒ぎたてたりはしないよ。」
「それで、その……。」
「俺だってのは、バレたかも。」
「マジか。」
「マジだ。」
涼矢はおしぼりを外して、和樹に見せた。「どう?」
「薄くなった気もするけど……。言われればわかる、かなあ。でも、部屋の中は薄暗いし、平気だよ。何か言われたら蚊に刺されたとでも言っておけよ。」
「さすがにそれはないだろ、この時期に。」
「ここにいつまでも二人でいるほうが変だよ。ほら、ドリンク取って、部屋に戻るぞ。」
「マジか……。」涼矢はもう一度ショックを反芻してから、和樹の後についていった。
「俺、先に戻るから。ちょっとしてから、来いよ。一緒に戻ると目立つ。」和樹は一方的に指示を出すと、アイスコーヒーをブラックで入れて、その場から立ち去った。
和樹は再び津々井の隣に座った。前ではE組の佐藤がバラードを思い入れたっぷりに歌っていた。その音程が激しくずれていて、女子たちが笑って見ていた。
「大丈夫か?」と津々井が話しかけてきた。
「何が。」
「涼矢の様子、見てきたんだろう?」
「ああ。うん。」
「悪いことしちゃったかな。あんなあいつ、初めて見た。」
「俺のせいだし。」和樹のその言葉に、津々井は何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
佐藤の調子外れのバラードがようやく終わった。と、思うと、BGМの音量を思い切り下げ、マイクで「みなさん、聞いてください!」と声を張り上げた。全員が一斉に佐藤を見た。「僕は今日、言うと決めていたことがあります!」
大半は佐藤の真意は分からないながらも、男子の一部が「おお」と声を上げ、口笛を吹いて盛り上げた。
「三年C組の渡辺志保さん!」佐藤は更に声を張り上げた。「俺は、いや僕、いや俺、どっちでもいいか、僕は、志保さんが大好きです! 以上!」
部屋が揺れたように感じるほど、大きなどよめきが起きた。
生徒会長を務めたこともあり、トーク上手の定評のある青野が立ちあがり、別のマイクで話しだした。「みなさん、びっくりしましたね。えー、ではC組の渡辺さん。立って下さい。」
一人の女子生徒がうつむき加減に立ちあがる。
「どうですか、今の佐藤くんの告白。渡辺さんのほうのお気持ちは?」青野がそんなことを言い、慌てたのは佐藤だった。
「ちょっと、そういうんじゃないから。言いたかっただけだから!」そのセリフを聞いて、和樹の心がチクリと痛んだ。「もう会えなくなると思ったら、伝えずにはいられなかった」。涼矢も同じようなことを言って告白してきた。
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