6 / 138
第6話 宴のあと⑥
呼ばれた柴は、いかにも嫌そうに前に出てきた。マイクを渡されると「B組の柴っす。」と言った。
「それは、みなさん知ってます。」
「いや、俺、全然地味キャラなんで。」
「そんなことないですよね。」青野は周囲の人間に語りかけるように言った。「ほら、みんなうなずいてます。有名人ですよ、柴くん。」それはおそらく「学校一の美人、川島綾乃の彼氏」として有名なのだ。そのことは柴自身が一番わかっているだろう。
「こういうの、本当に苦手なんだけど。何言えばいいの。」柴はいまいましげに言い放った。
「告白……は、する必要ないですよね。」青野の言葉で、綾乃に注目が集まる。
その時、誰かが、「公開キスとか。」「それ、いい。」などと言い出し、その周辺から「キース!キース!」とはやし立てる声が湧きあがった。
「あんな意見も出ていますが。」
「こんなとこでするわけないだろう、もういい?」席に戻ろうとする柴を、青野と、何故か席に戻らずにその場にいた宮野が押しとどめた。
「とりあえず、川島綾乃さん、出てきてもらえますか?」と青野が言った。綾乃は臆することなく、すぐに出てきた。既に心の準備はできていたようだ。
「川島さんから、何かありますか?」
「もう卒業だなんて早いなって思います。みんなと友達になれて良かったです。卒業しても、ちょくちょく会おうね!」女友達に手を振って見せる。
そんな無難な言葉が聞きたいわけではないと言わんばかりに、青野が言う。「柴くんに言いたいことはありますか?」
「柴くんは、こんな感じだけど、実は優しいんです。いつもありがとう。」綾乃はにっこりとほほ笑むと、柴に向かってちょこんと一礼した。柴はあえて仏頂面を崩さない。
「柴くんからも、川島さんに何か一言。」
「えっと、じゃあ。」柴の目が、誰かを探すかのように動いたかと思うと、和樹と視線があった。「綾乃が本当に今一番好きな奴は誰か、教えてほしいんだけど。」
一斉にざわつく。何人かが綾乃の元カレの和樹を見た。ふざけんなよ、柴、と和樹は心の中で舌打ちをした。ここ最近の綾乃は、和樹とよりを戻したそうにしている。それは和樹にも心当たりはあったし、柳瀬にも指摘されていたことだ。当の柴だって直接文句を言いに来た。でも、和樹のほうはそんなつもりは皆無であり、綾乃に期待を持たせるようなこともしていない。柴にもそう言った。後は二人でやってくれ、俺を巻き込むな、俺には涼矢がいるんだから。そう言ってやりたい和樹だった。
綾乃は呆れたように柴を見た。「柴、何言ってるの。」
さすがの青野もフォローしづらい様子だ。「柴くんは、川島さんが一番ですよね? もちろん川島さんも、柴くんですよね?」と、なんとかしぼりだす。
「当たり前でしょ。」綾乃の笑顔が珍しく少しひきつっている。
青野はホッとしたように「ですよね。良かったですね、柴くん。」と言った。
柴はそれに答えず、綾乃の腕をひっぱり、強引にキスをした。悲鳴のような歓声が上がる。「もう、なんなの」綾乃は真っ赤になって言ったが、そう嫌そうでもなく、何やかや言ってこの二人はうまく行っているのだという印象を与えた。
そんな綾乃たちに呆れつつ、彼らから視線を外すと、和樹はいつの間にか涼矢が戻ってきていて、自分たちのテーブルとは一番離れた席に座っていることに気がついた。照明から少し外れた、ひときわ薄暗い席だ。和樹はなんとなくホッとした。でも、今の柴と綾乃のやりとりを涼矢はどんな気持ちで見ていたのだろうと思うと、複雑でもある。元カノに嫉妬するならいい。それよりも、「ああ、やっぱり和樹は本当は綾乃みたいな女の子とつきあったほうがいいんだ」なんて、勝手に身を引くような真似をされたらかなわない。涼矢の奴、そういうところがあるからなぁ……。
その矢先に「これ、次の奴選んでいいんだよな?」と、柴が言った。「都倉。」その声を聞いて、慌ててまた柴に視線を戻した。柴はにらみつけるように和樹を見ていた。どうやら、何も落着してはいなかったらしい。和樹は柴の一方的な嫉妬にほとほと嫌気がさしてきていた。
和樹は、ゴシップ記事を楽しむ読者のように注目している同級生たちの合間をぬって、前に出た。柴は動かない。このままこの場にいるつもりのようだ。綾乃も、宮野までもがまだ陣取っている。アウェー感が半端ないな、と思いながら、和樹は柴からマイクを受け取る。
マイクを渡す瞬間に、柴は「都倉の好きな奴は、誰だよ?」と挑発するように言った。
「好きな人? お母さんかな。お母さんありがとう。」小さな笑いが起こる。
青野が割って入ってきてくれた。「都倉くんは、東京の大学に行くんですよね。」
「そう。月末に引っ越します。東京にお越しの際は是非声かけてください。」
「一人暮らしですか。」
「その予定です。でも、宮野いわく、一カ月後には東京で知り合った女の子を連れ込んでいるだろうとのことです。」宮野はピースサインを出しておどけてみせ、さっきより大きな笑い声が起きた。
「ということは、今はフリーですね。」
「どうでしょうね。」
「さすがモテ男。」宮野がチャチャを入れたが、マイク越しではなかったので、その声は和樹にしか聞こえなかった。
「では、次は誰を指名しますか。」柴に余計なことを言わせないうちにと思ったのか、青野が慌ただしく言った。
和樹はとっさに「我が水泳部の部長、津々井奏多くんを。」と言っていた。津々井は「えっ、俺?」と言いながら前に出てきた。和樹は入れ違いに自分の席に戻る。同時に、綾乃や柴、そして、やっと宮野も戻って行った。
ともだちにシェアしよう!