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第22話 アクアリウム④
涼矢はそこでいったん黙り、目を閉じて、深呼吸するように深く長い息を吐いた。目を開けると、意を決したように再び話し出した。「彼のほうは、その相手の男に告白したんだ。俺とその話をした、少し後にね。それで、振られた。振られただけじゃなくて、それを周りに言いふらされたみたいなんだよね。そんなことが重なって、いろいろ辛かったんだと思う。しばらくして、彼は住んでいたマンションの屋上から、飛び降りた。失恋を苦にしての自殺。まとめてしまえば、そんなこと。失恋ごときで自殺するなんてどうかしてるって思うかもしれないけど。」
自殺と聞いてまた言葉を失った和樹だが、すぐに怒りの感情が沸き起こった。「そんなのひどい。振るのは仕方ないとしても、それを他人に言いふらすなんて最低だ。」和樹は、まるで涼矢自身が傷つけられたかのように憤った。
「うん。そうだよね。俺もそう思った。相手の男を探し出して復讐してやる、なんてことまで考えたよ。でも、所詮小学生の俺にできることなんか何もなくてさ。」涼矢はまたそこで黙った。これから語る内容に最適な言葉を探しているようだ。和樹は涼矢の次の言葉をただ待った。
「おふくろがさ……彼が亡くなってひと月ぐらいした頃かな、おふくろが俺に聞いてきた。俺が彼に何か変なことをされなかったかって。なんで今更そんなことを聞くんだろうと思った。その質問の意味が分かったのは、ずっと後だ。」
涼矢は無意識に親指の爪を噛んだ。この話をするために記憶をたどるのは、涼矢にとってひどく辛い作業に違いない。「うちのおふくろは、いつもは冷静沈着で、理論的で、差別なんかしない人だよ。母親としての適性はいまいちかもしれないけど、人としては、尊敬に値すると思ってる。そんな母親が、ゲイの大学生と小学生の息子を二人きりにしていたとわかったら、息子が何かされたかもしれないと不安になった。彼に家庭教師を依頼した自分を責めたかもしれないね。いくら頭ではわかっていても、いざ自分の身近に起これば、そんなもんだ。それは仕方のないことだと思うし、俺にはおふくろを責められない。それから、相手の男のこともね、事実を知った時にはひどく恨んだけど、でも、日が経つにつれて……、自分の周りでも、誰が誰に告ったとか振られたとかいう話題が出てくるようになって……考えた。ふつうの男が、突然同性から告白されて、動揺しないわけがないって。昨日まで友達だと思ってた男に、そんなこと言われたら困るよね。だから、その人も、どうしていいのかわからなかっただけなんじゃないか、おもしろがって言いふらしたんじゃなくて、大事な友達だと思っていた相手だからこそ適当に追い払うこともできなくて、自分ひとりで抱えきれなくなって、周りに助けを求めたのかもしれない…なんて考えるようにもなった。実際のところはわからないけど、そう思ったほうが、先生も浮かばれる気がしたし……。」
そこまで話すと、涼矢は右手を額にあてて、かいてもいない汗を拭うような仕草を見せた。「ああ、ごめん和樹、何言いたいのかわかんなくなってきた。とにかく、奏多のああいう態度だって、悪気はないっていうか、むしろ俺らのことを大事に思ってくれてて、心配してるからなんだと思う。」
涼矢は、ふぅ、とまた息を吐いた。言うべきことはすべて話せた、という様子だ。
和樹は、それでもその先生を振った男は許せないと思った。俺ならそんなことしない。自分を好きになって、勇気を出して告白してくれた人を、そんな風に傷つけたりしない。しかし、すぐに思い出した。自分だって涼矢に告白された時、激しく動揺し、困惑したことを。その男のように他人に言いふらさずにいられたのは、自分には兄の宏樹がいたからだということを。あの時、宏樹が言ってくれたのだ。もっと涼矢の気持ちを考えてやれと。しんどい思いをして告白してきたに違いないと。もし兄貴がいなかったら、俺はきっともっと良くないやり方をして、涼矢を傷つけていたに違いない。だったら、そいつと俺と、大して違わないんじゃないのか……。
和樹は今すぐに涼矢を抱きしめてやりたいと思った。幼い時の、小さな涼矢のことも。涼矢はきっと、今まで何度も何度も考えを巡らせ、少しずつ気持ちに折り合いをつけてきたのだろう。たった一人で。初恋の人を失ってから、ずっと。
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