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第23話 アクアリウム⑤

「それでも涼矢は、俺に、告白してくれたんだな。」和樹は、自分に好意を打ち明けようと決心した時の涼矢の心情を想像すると、胸が押しつぶされそうだった。 「先生のことがあってから、俺は絶対にゲイだとバレないように生きて行こうと思ってきた。でも、和樹に出会って、好きになって……会えなくなると思った時、どうしても伝えたくなった。それで、初めてわかった。先生が何故告白したのか。うまく行く可能性なんてほとんどゼロだとわかっている相手に、何故告白したんだろうって不思議だったけど、わかったんだよ。馬鹿なことをしてるとわかっていても、止められない気持ちがあるって。自分の気持ちをなかったことにできない時があるって。和樹を困らせることはわかっていたけど、でも……。」 「俺が誰かに言いふらすんじゃないかとは思わなかった?」 「そこは俺、ズルいんだ。気まずくなっても卒業すれば会わないで済む。なかったことにできる。それなら和樹が誰かに言いふらす心配もないだろうって。だから、あのタイミングでしか、言えなかった。和樹に気持ち悪がられたり軽蔑されたりする覚悟はしていたけど。」  和樹は、自分の恋愛を振り返った。そんな悲壮な覚悟で告白することもなかったし、考えたこともなかった。涼矢が自分に告白するまでの苦悩と葛藤が息苦しくも、愛しかった。  また、そのためらいを自分の狡猾さだと表現する涼矢の心の傷が悲しかった。自分から告白してきたのにも関わらず、いざ和樹が好意を返すと、その好意に対しては懐疑的で臆病だったことも、深い関係になる前に離れようとしていたことも、ようやくその理由がわかった気がした。 「俺は単純だから。」和樹は、足元の涼矢と自分が作る影を見ながら言った。「好きなら好きで、それだけでいいと思ってた。」 「うん。」 「周りの人にも俺たちのことを隠す必要はないと思ってた。でも、昨日、電話もらった時、兄貴がそばにいて、彼女からの電話かって聞かれて、本当のことが言えなくて適当にごまかした。おまえのこと後ろめたく思う自分が、すごい偽善者みたいで。」 「それが偽善なら、偽善でいいと思ってる。」涼矢は少し微笑んでいるように見える。「本当のことがいつでも正しいわけじゃない。和樹はお兄さんを困らせたくなかったんだろう? それだって、優しさだよ。いきなりゲイだのなんだのつきつけて、理解しろ、認めろって言うほうが、暴力的じゃない?」 「でも、わかってほしいと思っちゃうんだけど。」 「そういうのは、急がなくていいと思ってる。俺はね。」和樹よりずっと長い時間、考え続けて到達した、涼矢の意思。 「ありがとう。」和樹は涼矢の手に自分の手を重ねた。 「な、何だよ、急に。」 「俺のこと、すげえ好きなんだな。」 「え、今の話のまとめがそれ?」涼矢は笑った。 「だって、俺が一番大事なのは、そこだから。」  涼矢は苦笑した。「調子いい奴。」 「俺もおまえのこと、すげえ好き。だから、死ぬな。」 「死なないよ。」涼矢はうつむいて、足先で地面を軽く蹴った。「残される側の気持ちも、わかってるつもりだし。」それから和樹のほうを見て、微笑んだ。「第一、こんなに幸せなのに、死ぬ必要、ないだろ?」 「うん。」和樹は涼矢の手を握り、精いっぱい笑顔を作った。  向こうから親子連れがこちらのほうへ歩いてくるのが見えると、涼矢はさりげなく和樹の手を離して、立ち上がった。「さてと、行くか。」 「どこに?」 「どこでもいい。和樹の行きたいところ。」水族館を早々に切り上げてしまったため、まだ時間はたっぷりとあった。 「そう聞かれたら、涼矢んちか、ホテルって答えちゃうよ?」 「結局それかよ。どっちでもいいけど、俺は挿れる側だからな。」 「涼矢、下品。」 「おまえのレベルに合わせたんだ。」  和樹は笑って涼矢の肩に腕を回した。「でも、幸せなんだろう?」  涼矢はその腕も払い、ぷいと顔を横に向け、小さな声で言った。「幸せだよ。」

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