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第24話 Lovers ①

 二人は結局涼矢の家に向かうことにした。 「今日ぐらいは、きれいで清らかな思い出の一日にしたかったんだけどなあ。」と涼矢が呟いた。「和樹がいない間、思い出すことがそればっかりになりそう。」 「何の問題もないでしょ。他に何を思い出す必要があるの。俺的には、むしろもう少しそれ関連の思い出のバリエーション増やしておきたいぐらいだけど。ほら、一人で淋しく処理しなきゃいけない時に備えて。」  涼矢は呆れた顔で和樹を見た。 「涼矢のその冷たい目、だんだん快感になってきた。」 「俺のほうは、なんで和樹なんか好きになったのかわからなくなってきたよ。……あれ?」涼矢はドアノブに手をかけ、訝しげに首をかしげた。鍵が開いているようだ。中に入ると、玄関にパンプスが転がっていた。「母さん?」奥に向かって呼び掛ける涼矢。間もなく、ドタドタと賑やかな足音が聞こえ、中年の女性が出てきた。化粧はごく薄く、お世辞にも美人とは言い難いけれど、いかにも理知的な人だ。細身でスーツをビシッと着こなしつつも、両手には今にも破れそうな、書類が詰まっている紙袋を携えている。 「涼、おかえり。ちょっと急な出張入っちゃって。資料が家だったものだから慌てて……あら、友達?」 「あ、どうも、都倉です。」 「都倉くん。ああ、水泳部の。東京の大学に行く子はあなただったかしら。」 「は、はい。」 「ふふ、人のことを覚えるのは得意なの。」彼女は一瞬のうちに都倉和樹をスキャンするように上から下まで見ると、すぐさま息子のほうに向きなおった。「涼、私、今日泊まりだから。テーブルにお金置いておいたから、ごはんは適当になんとかして。都倉くんも一緒に食べれば。じゃね。」嵐のように去って行った。 「今のが、母です。」と涼矢が言った。 「ジェット機みたいな人だな。」 「どっちかというとブルドーザーかな。力ずくで根こそぎ。」  和樹は吹き出した。「勝てないな。」 「勝てないよ。でも、和樹は合格らしい。」 「合格?」 「あの人、人の好き嫌いはっきりしてるから。第一印象でだいたい判別する。前にも友達来たことあるけど、気に入らない相手にはあんなにこやかじゃない。和樹は気に入られたみたい。」  そんなににこやかだったか?と和樹は思ったが、息子がそう言うならそうなのだろう。それに恋人の母親に気に入られるのは悪いことではない。……恋人とは、名乗れないとしても。  涼矢は二階の自室には直行せず、リビングに向かい、テーブルの上に一万円札が置かれているのを確かめた。 「すげ、万札。」和樹ものぞきこむ。 「夕飯、食っていくか? 寿司でもピザでも取ってやる。」 「やったね。」  そこで涼矢は黙りこんだ。手に万札を持って、ただつったっている。 「どうした、涼矢?」  涼矢は緊張気味にゴクリと喉を鳴らした後に、言った。「泊まっていく?」  そういえばさっき、涼矢の母親は「今日は泊まりがけの出張」と言っていた。「あ、で、でも、東京行きの準備とか、いろいろ忙しいだろうし、無理だったら全然。」照れ隠しなのか、涼矢は早口でまくしたてた。

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