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第32話 愛しのきみ ①

「うあっ。」という声とともに和樹が目を覚ました。涼矢はボリュームを最小限にしてブルーレイを見ているところで、和樹の突然の目覚めに驚く。 「おはよ。」 「えっと……。ああ、そうか。どれぐらい寝てた?」 「30分ぐらい。もう少し寝てていいよ。ドラマもあと20分ぐらいで終わるし。」 「寝過ぎると夜寝られなくなる。」 「寝るつもりなんだ?」涼矢がニヤリとする。和樹の寝起きの頭では、その不敵な笑みの意味がすぐには理解できなかった。そうと察した涼矢が言う。「寝かせる気ないんだけど。」  こと恋愛に関しては、特に性的なことでは自分のほうが何歩も進んでいたはずだった。それなのに、いつの間にか涼矢にこんなことを言われるようになっていたとは。泳力も、成績も、身長も、いつも自分と競るか、あるいは上を行く涼矢に、唯一余裕で勝てる分野だったのに。それが腹立たしく、和樹は涼矢の言葉をスルーし、関係のないことを口にした。「よだれたらしてなかった?」 「残念ながら。」 「残念がるな。」 「寝顔の写メは撮りまくった。これ待ち受けにする。」 「やめろ。」和樹は立ち上がる。「喉乾いた。なんか飲み物ある?」 「麦茶。」 「こどもか。……って、もしかして、それも涼矢、自分で作ってるの。」 「うん、そう。作ってるったって、ただの麦茶パックを水出ししてるだけだよ。あとあるのは缶ビールぐらいだなぁ。ただし俺は飲めない。コンビニでも行く?」 「涼矢くんお手製麦茶にする。外出るの面倒。」  涼矢は冷蔵庫から麦茶の入ったポットを出し、二つのグラスに注いだ。「そろそろ、ピザでも取ろうか? さすがに腹減ったわ。」もう時刻は夜の8時に近かった。 「そうだな。ゴチになります。いつもあんな風なの、お宅のお母さんは。ポンと万札置いて行って、格好いいよね。」 「ああ。うちは経済的には裕福な部類なので、金で解決できることは金で解決する。」 「裕福って、自分で言うか。」 「弁護士と検事で、一人っ子だよ。それなりに金あって当然でしょ。」涼矢は麦茶のひとつを和樹に渡し、立ったまま自分も一口飲んだ。 「それもそうだ。」 「だから、俺のほうから和樹に会いに行くよ。交通費だって馬鹿にならないだろ。」涼矢はしゃべりながらスマホをいじっている。「その時は、おまえの部屋に泊まっていいよな?」  和樹はそう話す涼矢に二回ドキリとさせられた。会話にはさみこんできた遠距離の件と、泊まっていいよなと言った時の妙に色っぽい横顔に。 「そんなの、当たり前。」 「アポなしで突撃するかもしれないよ。」 「だ、大丈夫だよ。なんなら合い鍵渡すから。」 「なんで微妙に焦ってるの。あ、あった。」涼矢はピザ店のアプリ画面を見つけたようだ。「注文するけど、何がいい?」 「ふつうの。」 「ふつうのってどういうの。」 「パイナップルとかエビマヨじゃなくて、サラミとピーマンが載ってるようなやつ。」 「ああ。」 「あとポテト。」 「OK。コーラか何かつける?」 「うん。ダイエットコーラ。」 「ダイエットしてんの?」 「してないけど、なんとなく。」和樹の目の前で立ったままスマホを操作する涼矢。ちょうど腰回りが目に入る。「涼矢って大食いの割に細いよな。」 「部活やめたらどんどん痩せちゃって。」 「ふつう、逆だろ。」 「俺、一人だとメシ食わないからな。」 「え、そうなの。」 「食欲わかないっていうか、メシ食う時間があるなら、絵を描いたりしていたい。」 「へえ。」涼矢は無事に注文を完了したようだ。

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