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第45話 未来①
誰にどんな内容を送ったのかを気にしている素振りの涼矢に、和樹が内容を伝えると「本当に兄弟仲が良いんだね。」と微笑んだ。
「うん、まあね。仲悪くはないかな。」
「似てる?」
「似てない。兄貴は縦横デカイんだ。ラガーマンで。」
「そうなんだ。」
「四月から高校の先生になる。」
「すごい。」
「おまえだって弁護士だろ。すごいよ。」
「なれるかどうか。」
「なれるよ。俺なんか、何も決まっちゃいない。これと言った目標もやりたい仕事もないしな。まぁ、ふつうに会社員なんだろうけど。」
「東京で……。」と涼矢が言いかけて止まった。和樹が続きを待っていると、再び話しだした。「東京で、就職する?」
和樹は言葉に詰まった。具体的に考えたことはなかったが、東京の大学に進学することを考えだした頃から、ぼんやりとは思っていた。おそらく自分は卒業後もそのまま東京にいて、そこで就職するのだろうと。就職口だって東京のほうが多いだろうし、実家には兄貴が残ってくれるのだし、東京のほうが自分の居場所があるような気がした。でも、それもこれも、涼矢とこうなる前に考えていたことだ。
和樹が答えられないでいると、それをフォローするように「まだ先のことだね。」と涼矢が言った。
そういう涼矢には弁護士という明確な目標がある。和樹は急に、自分が考えの浅い、幼稚な人間のように思えた。そういえば奏多だって教員を目指すと宣言していたし、兄の宏樹も教員は高校の頃から目指していて、有言実行した一人だ。
まだ先のこと。そうだ。少し前まで、大学に入ることだけを考えていた。その更に先のことまで考えていられなかった。考えられなかったから、「とりあえずつぶしの利く経済学部」を選んだ。でも、そんなものだろう。奏多や涼矢みたいに、今から明確な目的がある奴のほうが珍しいんだ。和樹はそう思いたかった。
和樹が黙り込んでいると、涼矢は少し無理したように笑って、「勉強がんばろ。」と言った。
「え、なんで急にそんなこと。」
「こっちでがんばって、大学卒業したら東京のロースクールか予備校に行こうかなって思ってさ。うちの親、放任のくせに大学は絶対自宅からって強制してきたけど、それなりの成績とって、本格的に目指すとなればさすがに文句言わないだろうし。」
「すんごい真っ当で前向きな考え方だな。」
「そのぐらいの楽しみでもなけりゃ、司法試験の勉強なんてできないよ。」
「楽しみ? 涼矢、そんなに東京に行きたかったの?」
「東京がどうこうっていうんじゃなくて。」涼矢は軽く咳払いをした。「和樹の近くにいられるようにって話。」そう言ったかと思うと、和樹にヘッドロックをかけた。
「いてて。」
「鈍すぎるよ、馬鹿。話の流れで、だいたいわかるだろうが。」
「わかったよ、ごめんって。外して。痛えよ。」
涼矢は腕を外した。
「でもさ、近くっていうより、そうなったら一緒に住んじゃえばよくない?」
「え。」
「同棲?みたいな?」
「あー…ああ、まぁ、そりゃ。」涼矢が赤くなる。
「おまえが言い出した癖に、何照れてんの。」
「……いや、でも、それはやめておく。一緒には住まない。」
「なんでだよ。俺、その頃には家事もできるようになってるよ。」
「そうじゃなくて。」涼矢はますます赤くなった。「おまえがずっと一緒にいたら、勉強どころじゃないだろ……たぶん。一生司法試験なんか通らない。」
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