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第28話

陽向は慶田盛家での暮らしに馴染み始めると、放課後に庭師の(しげ)さんの手伝いを積極的にするようになった。引き取られ、使用人の中で暮らしていて、自分だけが何も働いていないのが心苦しかったのかもしれない。 勝が征治と同じ私立中学を受験するため塾通いや勉強で忙しくなってきたのもあっただろう。 恐ろしく無口で気難しい職人気質の重さんも、陽向の事を受け入れ可愛がっているように見えた。重さんは慶田盛家の広大な敷地の植栽をすべて管理している。勿論、とても一人では全部は手に負えないので、落ち葉の処理や木々の冬支度、広大な芝生の雑草抜きや芝刈り機での作業などは男衆二人が手伝う。 陽向は重さんの後をちょこまかついて回り、花壇や芝生の雑草取りや水やりを手伝うのだ。そして征治が学校から帰り、庭に出ると陽向は嬉しそうに寄って来る。もう毎日陽向に会えるのだ。 週末は今まで通り二人で小太郎の散歩に行く。しかし、征治は二人の間の空気が以前と少し変わっているのに気が付いていた。陽向の母の死以来、陽向が一歩征治の方へ近づいたというか、心の距離が縮まったように感じるのだ。 散歩の時間も長くなり、途中で河原の土手に並んで座り、色々な話をした。いつもは明るく装っている陽向だが、時々深い悲しみに襲われるようだった。そんな時、征治は 「陽向、安心して。陽向を独りぼっちになんかしないよ」 そう囁いてやる。そうすると陽向はふっと表情を緩めて、「ありがと」と言う。 その後は二人で河の流れや雲を黙って眺め続けるのだった。 勝と陽向が6年生になり、征治が中学2年になったころから、体は大きいが無口で大人しかった弟が荒れ始めた。特に父親との衝突が激しい。 仕事中心で不在がちな父だったが、二人の息子の成績にはうるさかった。弟にも兄と同じ私立中学へ行かせるのだと塾に通わせたが、勝の成績は芳しくない。 その上、学校でもらってくるテストや通知表も、陽向の方がずっと良かったのがさらに父親を不機嫌にさせ、家庭教師もつけろと言い出した。 勝は受験などしたくないと猛反発し、イライラを物や周りの人間にぶつけるようになった。 今度は祖父がその行為をとがめた。祖父は常々、松平の血を引く者、紳士淑女たらねばならん、人望の厚い人間にならねばならんと説く人だった。勝をいさめようとした言葉は、更に勝のイライラの火に油を注ぐ結果となった。 なだめようとする征治にも弟はギラギラと怒りを含んだ目を向け、火を吐いた。 いつでも自分の後をついてきたあの大人しい弟はどこへ行ってしまったのかと思ったが、受験のストレスが終われば落ち着くのかもしれないと考えた。征治が塾に通っていた頃も、成績が悪いとイライラしてごみ箱を蹴ったり、迎えに来た母親に暴言を吐いたりするやつがいたのだ。 結局、勝は受験に失敗して、陽向と同じ地元の公立中学に通うことになった。 これで少しは落ち着くかと思われたが、そうはならなかった。 さらに体が一回り大きくなった勝は中学でも好き放題し、母親が呼び出されることも度々だった。 「学校で『慶田盛(ケダモリ)家のケダモノ』ってあだ名がついちゃったんだよ」 小太郎の散歩のとき、陽向が溜息をつきながら言った。 「じいちゃんが聞いたら卒倒しそうだな。陽向はあいつに乱暴されたりはしてないのか?」 「ううん。勝君、僕には何にもしないよ」 「そうか」 この頃の征治は、もうはっきりと陽向への恋愛感情を自覚していた。 男を好きになるなんて、最初は何かの勘違いではないかと思ったりもした。だが征治が通う中高一貫の男子校では、周りに女性がいないこともあり、男性同士での恋愛話を見聞きすることもあった。それを知った時は、自分だけがおかしいのではないと少しほっとした。 周りの男には全く興味も関心も湧かなかったが、陽向だけは特別だった。陽向を前にすると気持ちが浮き立ち、心がときめくのだ。そして、触れたいと思ってしまう。 夜、一人の部屋で処理をするときは陽向の唇や白くて細い首筋を想像した。もし、あの白い華奢な体を自分の腕の中にすっぽりと抱きしめることができたら、もしあのピンク色の可愛らしい唇に口付けることができたら・・・そして、そのキスに陽向が応えてくれるようなことがあったなら・・・もうそれだけで征治の若い雄は絶頂まで駆け上る。陽向!陽向!と心の中で呼びながら白濁を散らす。 そしてその後は毎度、自分の事を兄のように慕ってくれる陽向を穢してしまったような気がして罪悪感に苛まれ、またこの想いが届くことは無いのだろうと打ちひしがれるのだった。 学校での男同士の恋愛話は、男しかいない特殊な環境だからこそ生まれるもので、一般には極々少数派であり、普通の恋愛のように成就するのは稀だということは征治にもよくわかっていた。

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