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第27話

翌朝、少し離れた海岸で陽向の母の物だと思われるバッグと靴が揃えて置かれているのが見つかり、さらにその翌日にはそこからまた少し離れた海岸で陽向の母の水死体があがった。 バッグと靴が揃えられていたことや、ちょうど夫の自殺とみられる死から1年だったことなどから自殺とされたようだった。 陽向はお母さんが僕を一人残して逝くはずがないと訴え、若先生も不自然だと口添えしてくれたようだったが、結局事件性はないと判断された。 陽向の錯乱振りと憔悴は激しく、征治も身を切られるような痛みを感じた。そしてとても不安なことがあった。 勝がそっと寄ってきて征治を見上げる。 「兄ちゃん、これから陽向はどうなるの?」 それこそ、征治が心配していたことだった。征治は事故などで両親を亡くし、親族もいない子がどうなるのかを知っていた。学校でそういう子供たちの施設へ贈る募金活動をしたことがあるのだ。 征治の説明を聞く弟の顔は泣きそうに見えた。 「勝も、陽向がそんなところへ行ってしまうのは嫌だろ?」 と、問うと「いやだ」と即答する。 「じゃあ、お前もついてこい」 そう言うと、征治は祖父の離れに向かって歩き始めた。 難しい顔をして現れた孫二人に、祖父は少し驚いた顔をした。 「おじいちゃん、無理を承知でお願いがあります。陽向をこの家で引き取ってやることはできませんか?相次いで両親を亡くした上に、ここから遠い施設に入れられて、小太郎とも会えなくなるなんて、あんまり陽向が可哀そうです」 弟も横から一生懸命相槌をうつ。 征治はたたみかける。 「おじいちゃんはいつも、経済的に苦しくて勉強できない人に支援をしているでしょう?福祉施設に寄付だってしてる。 でも、今、目の前にもっと困っている子供がいるよ?お金だけじゃなくって独りぼっちになって心もボロボロなんだ」 「おじいちゃん、陽向を助けてあげてよ。かわいそうだよ」 祖父は黙って腕を組み、考え込んでいる。 本当は最終決定権は父にあると征治にもわかっている。しかし、ここのところ、父の機嫌はすこぶる悪い。子供の自分たちが直接訴えても、うるさいとあしらわれるのが関の山だろう。 それから、征治は祖父がこの家の中でも地元でもまだまだ強い影響力を持っているのをわかっていた。そして厳しい面もあるが情に厚い人間であることも。 「わかった。考えてみよう。ただし、わしらの独りよがりな考えではいかん。陽向の意見もきかねばならんだろう。また、話す順序を間違えるともっとあの子を傷つけることになるかもしれん。この話は大人に任せなさい」 祖父の答えに、弟と顔を見合わせ頷いた。祖父の離れから母屋へ続く渡り廊下を歩きながら、征治は言った。 「次は母さんだ」 勝はぱっと顔を上げ、うんと頷いた。 きっと母も陽向を不憫に思い反対しないだろう。この家の使用人たちからは、明らかに父よりも、祖父と母のほうが信望を得ているので、家の中の空気は一気に陽向に同情的になるはずだった。 祖父の奨学制度も森本弁護士が携わっていたはずなので、大先生か若先生も力を貸してくれるに違いない。 なかなか首を縦に振らなかった父も、最後は条件付きで折れた。陽向を養子として受け入れるのではなく、私的里親として二十歳になるまで単なる養育者となること。そして、扱いは使用人に準ずる。 松平の家は代々、住み込みの使用人を抱えてきた。 二千坪を超える敷地の中に建っている母屋の両側には、渡り廊下で繋がった大きな離れがある。 一つは平屋建てで今は祖父が暮らしている。 反対側の離れは二階建てで、使用人が住んでいる。今は2階に女性が3人、1階には男性が2人。そして、使用人たちはこの離れの中で食事をしたり、風呂に入ったりするのだ。 あと、もう一人庭師の老人が敷地の端にある皆に「小屋」と呼ばれているプレハブに住んでいるが、その老人も食事や風呂はこの離れを使う。 つまり、陽向はこの離れで暮らせということだった。家族と明確に線引きをしたわけだ。しかし、仕事はしなくてよい、学校には通わせてやるということだった。 陽向には、ここまで条件の整理をしてから、施設に行くか、慶田盛家で暮らすか選ぶように示された。若先生からの説明を神妙な顔で聞いていた陽向は、慶田盛家で引き取る話があると聞くと大きく目を見開き、顔を上気させた。しかし、すぐに 「ほんとにいいのかな・・・」 と遠慮がちな声を出した。 若先生はにっこり微笑んで安心させるように言った。 「松平の家は昔から困っている人たちに援助をしてきているからね。遠慮せずに陽向君がこれから暮らしたい方を選べばいいんだよ。ただね、君は養育されるだけで、慶田盛家の子になるわけじゃないから、今までただの友達だった征治君や勝君とはっきり差をつけられて傷つくこともあるかもしれない。急がないからゆっくり考えていいんだよ」 しかし、陽向は翌日には「慶田盛家でお世話になりたいです」と結論を出した。 陽向を赤ん坊の頃から知っている家の者たちは、皆一様によかったよかったと言い、陽向も何度も礼を言った。 征治も、これで陽向が知らない町の施設に行かなくてよくなったのでほっとした。転校もせずに済めば友達も周りにいるし、ここには陽向を応援してくれる大人たちもいる。 陽向の為によかったと思っているのは本当だ。だが征治は、自分が陽向から離れずにすんで嬉しいという気持ちも多分にあると認めざるを得なかった。 離れとはいえ、同じ家に住んでいるのだ。ずっと傍にいて陽向の寂しい心を包んでやりたい、そして辛い時は必ず自分が支えてやろうと幼いながらも心に決めたのだった。

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