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第31話

高等部進学を機に征治は学生寮に入った。 寮は二人部屋で、同室になったのは同じ学年の田川という男で、中等部の時に一度同じクラスになったことがある。陽気なお調子者で、他人と同じ部屋で暮らすということを少々気が重いと思っていた征治は、少しほっとした。 「田川、これからよろしく頼むな。寮の事、色々教えてくれ」 「こちらこそ、よろしくな。ここの寮は学生の自主性を重んじる校風に沿って、寮生にも自治と自主性を求めている。わかりやすく言うと、ゆるゆるだ。わははは!」 征治もつられて笑う。 「田川は今までずっと一人部屋だったのか?」 「いや、去年1年間だけだ。年に一度希望者のみ部屋替えができるんだ。やっぱりどうしても同室の奴と気が合わないってのもあるからな。 俺の前の同室者は・・・これはここだけの話だが、そいつが抜いてる最中にタイミング悪く俺が部屋に戻っちゃって・・・そんなの男同士だしそんなに気にすることないのに、プライドが高くて神経質な奴だったから耐えられなかったみたいでさ」 「ああ、そうか。寮だとそんな事故も起こるんだな。逆にみんなどうしてるんだ?」 征治が素朴な疑問を口にすると、田川は目を丸くした。 「王子でも、やっぱ抜いたりするんだな!そんな綺麗な涼し気な顔して、なんか想像できないけど!」 「なんだ、その王子ってのは。それに想像するなよ」 赤くなる征治を見てげらげら笑いながら田川が言った。 「まあ、そういうのも含め、うまくやっていこう。そのうち俺のノウハウやネタを伝授してやるからさ」 最初は少し気疲れしていた征治もすぐに寮の生活に慣れた。 同じ学年の顔見知りやテニス部の先輩後輩も多かったし、もともとの男子校の気楽さに加え、一緒に暮らしてきた寮生たちの間には更にアットホームな感じがあった。 同室の田川も気さくな奴で、あまり気を遣わずに済んだ。 往復2時間の通学時間が無くなったことで、時間的余裕も出来て、今までは参加していなかった部活の朝練にもフルで参加できるようになった。 でも、陽向がいない。 夜、ベッドに入ると必ず陽向の事を考え始めてしまう。今までだって、平日は朝出かけるときにちょっと顔を合わせ、夕方遅くに少し話をするだけだったのに、手の届くところに陽向がいないと思うだけで落ち着かない。 早く陽向に会いたい。そして、潤ませて俺を見上げてくるあの瞳が見たい。「征治さんが好き」と言ってくれたあの唇が見たい。 気付けば布団の中で、征治のものは硬く立ちあがっている。ははは、確かにこれは困るな。数メートル先で寝ている田川に気付かれずに処理するのは難しそうだし、そもそも気になって集中できそうにない。悶々としているうちに、陽向との最後の散歩を思い出した。 俺が寮に入るのが寂しいと言った陽向。いつも触れてしまわないように気を付けていたのに、あの時は思わず抱きしめてしまって・・・陽向も抱き返してくれて・・・お互いの気持ちを伝え合ったあと、ずっと抱き合っていた。 いつもの夢想ならそれだけで暴発してしまいそうなのに、あの時は体は全く反応せず、ただただ心が満ち足りて胸に抱いたものが温かくて・・・穏やかで幸せな気持ちだった。 その時の心持ちを思い出すうち、中心に集まっていた熱が徐々に引いていき、その熱が全身をぽかぽかと巡りだしたのを感じた。そして幸せな気持ちのまま、征治は眠りに落ちて行った。 寮に入ってから初めての土曜日。午前中の授業が終わると征治は昼食もとらずに家路を急いだ。 こんなに家に帰るのに気持ちがはやるのは、陽向がまだうちに来る前に時々庭で待っていてくれた時以来だと苦笑する。早く陽向の顔が見たい。 門に近づくと、格子の間からすぐそばで植栽の手入れをしている陽向の姿が見えた。その足元には小太郎が座っている。 小太郎がピクッと耳を立て立ち上がり、こちらを見て尻尾を振り、クーンクーンと喉を鳴らし始めた。すると陽向もばっと振り返り門の方へ駆けてくる。 「征治さん、おかえりなさい!」 門を開けてくれる陽向は満面の笑みだ。 「ただいま、陽向。ただいま、小太郎。陽向、もしかしてここで俺が帰ってくるの待ってたの?」 途端に赤くなる陽向がかわいすぎる。 「だって・・・こんな感じだったんだもん」 久し振りに会うのが嬉しすぎて、激しく尻尾を振りながらビョーンビョーンと征治に飛びかかる小太郎を指さす。 「俺もこんな感じだよ」 そう言いながら、征治は小太郎を抱きしめ頭をわしゃわしゃと撫でてやり、頬ずりをした。 「昼を食べたら、今日もお茶の稽古に行く。その後、散歩に行こう。いつものように部屋に呼びに行くよ」 陽向は嬉しそうに頷いた。 二人で出かける小太郎の散歩はやっぱり楽しくて、征治は高等部や寮での生活の事、陽向は新しく重さんに教えてもらったことや、征治が貸している本の事などを話した。 目をキラキラさせながら話す陽向がかわいくて、愛しくて、征治はその頬や小さい耳に触れたくなるのを何度もこらえなければならなかった。 まだ駄目だ。陽向はまだ声変わりすらしていないのだ。俺は陽向の成長をゆっくり待つんだ。 会えない時間が二人の会いたい気持ちを増幅させ、毎週末の共有する時間は互いにかけがえのないものになっていった。

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