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第33話

その年のゴールデンウィークは並びが悪く、連続した休みは3日だけだった。その分なるべく陽向とゆっくり過ごそうと思う。 散歩の途中、いつものように河原の土手に腰をおろす。 「陽向、ごめんな。3日しかこっちに戻ってこられなくて」 「ううん。日曜日にテニスの試合があるなら仕方がないよ。3日も連続で会えて、充分嬉しいし」 少し頬を染めながら言う陽向はかわいい。 「陽向も誰か友達と遊びに行ったりしないのか?いつもみたいに遠慮してちゃだめだよ」 陽向は中学の文芸部に籍は置いているがほぼ帰宅部で、放課後まっすぐ家に帰って来る。重さんの手伝いをするためだ。 祖父や母、征治が、遠慮せずに子供らしく遊べと言っても、庭の作業は楽しいからといってきかない。欲しいものがあっても言わないし、髪がいつも短く刈り込んであるのも、床屋に行くのを遠慮してお手伝いさんに電動バリカンで刈ってもらっているからだ。 「最近はちょっと時間がある時に遊んでるんだよ?学校の友達ともっと下流の方にある河川敷の球場で草野球やってるんだ。先週ね、友達がもう長さも重さも足らないからって金属バットくれたんだぁ」 「へえ、いいね。グラブはどうしてんの?」 「それもね、別の友達から少年野球のとき使ってたお古を貰ったんだ。体が小さいと得なこともあるよね」 えへへと笑う陽向を見て、少し胸が痛む。 きっと母は、野球をやりたいと言えば気前よく道具だって買ってやると思うのに、陽向は絶対に口にしない。年相応の小遣いだって渡しているようなのに、必要最低限のものしか買おうとしない。 金銭的な事だけではない。 母屋と二つの離れは渡り廊下で繋がっているから、いくらでも行き来できるのに、陽向はよっぽどのことがなければ母屋に足を踏み入れない。 相変わらず本を読むのが好きなので、書庫や征治の部屋の本を勝手に借りていっていいと言っても遠慮して入ってこない。だから、いつも征治が陽向の希望を聞いて本を離れに届けてやるのだ。 それに祖父や両親の事を大旦那様、旦那様、奥様と呼ぶようになった。母は、今まで通りおばさんでいいのよと言ったが、他の使用人たちがそう呼んでいるのに自分だけ馴れ馴れしく呼べないと考えたようだった。 「ねえ、陽向。陽向は慶田盛家にいて我慢と遠慮ばかりして苦しかったりしない?俺たちのお節介で陽向を悲しい気持ちにさせてない?本当の事言って」 「なんでそんなこと言うの!?僕、本当に幸せだと思ってるよ?みんなとっても優しくて、一度だって慶田盛家に来たこと後悔したことなんてない。それに、少しでも征治さんの傍にいたいし・・・」 勢いで話してしまって、最後の方は真っ赤になる陽向が可愛すぎて、どうにかしたくなってしまう。 「それならいいんだ。俺も、陽向を手放せないしね」 草の上についている陽向の手を自分の手で上から包む。これなら、端から見ても気付かれないだろう。 陽向が潤んだ瞳でじっと見上げてくる。ほんの20㎝先にあるその唇に吸い付きたい衝動を必死で抑える。 「陽向、ダメ。そんな目でじっと見つめたら。我慢できなくなっちゃうから」 「え?我慢?」 「そう、我慢してるの、色々と」 そう言うと、陽向は川面の方に視線を戻す。水面が5月の太陽を反射し、キラキラと光っている。陽向は河の方を向いたまま言った。 「征治さん、僕、本当に今幸せなんだよ?」 「うん。俺もだ」 征治は陽向の手を包む自分の手に力を込めた。

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